ニッケルブログ

EUの電池規則案は電池原材料に関する世界的なESG議論を推進させる?

2022年3月17日

電池、とりわけ電気自動車に使用される電池は、EUグリーンディールの実現という欧州委員会の計画において極めて重要な役割を果たします。欧州の野心的な気候変動緩和目標を達成し、環境に優しく、持続可能なモビリティに移行する上で電池は重要かつ戦略的な技術と見なされているのです。

欧州委員会の新たなEU電池規則に関する法案は、現在、EU諸機関により、精査されているところです。新規則案は、EU市場への供給を計画している、EU内外の電池バリューチェーン全域に幅広い影響を与えることとなります。

欧州委員会の電池規則案は、2年以上に及ぶ準備期間を経て2020年12月に公表されました。現在、EUの政治プロセスの一環として欧州議会と欧州理事会で審議中です。ここで、EU諸機関が、草稿にある79の条項と14の附属書が徹底的に精査され、数々の修正を提案されることになります。長い時間を要するプロセスですが、最終的な規則の枠組みを2022年に採択し、遅くとも2023年までに施行するというのが欧州委員会の考えです。

“EU電池規則案は、EUグリーンディールを実現し、環境に優しく、持続可能なモビリティに移行する上でカギとなる要素”

持続可能性、EV電池、原材料

新規則は、時代遅れで包括性が弱いとされてきた2006年の電池指令に取って代わるものです。旧指令では新しく出てきた電池技術が網羅されておらず、ラベル表示要件や使用済み電池の管理など、ライフサイクルの一部のみに焦点が当たっていました。

これに対して、欧州委員会の新たな提案は持続可能性を特に重視し、具体的には電気自動車の電池に焦点を当て、電池と主要な電池原材料に対し、幅広い新要件が導入されることになっています。その重要性の高まりを踏まえ、欧州委員会は、採掘から使用済み電池の管理に至るまで、EV電池のライフサイクル全体を網羅した包括的な規則の枠組みを開発すべく、尽力してきたのです。

EV電池バリューチェーン

新規則については、気候変動緩和に取り組むことに加え、競争力があり持続可能な欧州のEV電池バリューチェーンの出現に向けた基盤の整備も期待されています。欧州委員会が目指しているのは、電池原材料の採掘・精製からセルの製造、電池の組み立て、リサイクルに至るまで、電池バリューチェーン全体の構築を欧州で奨励することです。欧州バッテリー・アライアンスを始めとする欧州委員会の他イニシアチブで研究開発を支える一方、この規則の目的は、EU市場における持続可能な循環型のEV電池バリューチェーン構築に必要な枠組みを作り出すことです。

EU内外の原材料生産者に及ぶ影響は?

EU 電池規則案は、電池をEU市場に投入する世界中の全企業とともに、原材料生産など関連する上流プロセス全体にも影響を及ぼすことになります

EU法は、欧州連合域内の企業のみに関連するものではありません。電池をEU市場に投入する企業は、事業を行っているのが欧州か世界の他地域かにかかわらず、多岐にわたる規則を順守しなくてはならなくなります。関係者全員に、材料の採掘・精製、化学処理、セルへの転換、電池の組み立てにおける上流プロセスが法定の目標値と要件に準拠していることを確認する必要が生じるのです。

これは、世界のどこで事業を行っているかにかかわらず、欧州市場へのアクセスを希望するEV電池バリューチェーンの全関係者にとって多大な努力を必要とすることになるでしょう。

世界の青写真?

さらに、欧州の規則枠組みは、他管轄区域での立法や、世界の他地域での民間イニシアチブの青写真として機能する可能性があり、すぐに追随する動きが見られることでしょう。この傾向を裏付ける例がすでに生じています。例えば、持続可能で責任ある電池バリューチェーンの構築は、企業、政府、学界、非政府組織からの70を超えるパートナーとの官民パートナーシップであるグローバル・バッテリー・アライアンス(GBA)の包括的な目標でもあります。同イニシアチブは、世界経済フォーラム後援の下で設立されたもので、2021年に法人化されました。この世界的イニシアチブ初の成果と措置が近いうちに公表される予定です。EU電池規則案の要件の多くは、グローバル・バッテリー・アライアンスが、生産される各電池のデジタルツイン生成を目的とした“「バッテリー・パスポート」”に包含したいと考えている主要な要素でもあります。

採掘からリサイクルまでの完全なライフサイクル・アプローチ

欧州委員会がEU電池規則案に採用したのは完全なライフサイクル・アプローチでした。EV電池は、使用中に大きな環境上の利益をもたらしますが、採掘・精製、電池の製造、使用済み電池の管理を含む、ライフサイクルの別の段階で広範な影響を及ぼす可能性があると認識されています。

そこで、EV電池のライフサイクルの全段階をカバーする全体論的かつ循環型のアプローチが選択されたのです。

採掘・精製と同様に使用済み電池の管理には、対立する環境、社会、ガバナンス(ESG)問題がかかわってくるケースがあります。そこで、今回の提案においては、ライフサイクルの両段階を特に重視した上で、いくつかの要件が定義されました。ライフサイクル全体を通して影響が対処、軽減されるようにし、電池の使用が世界の他地域でESGの問題を起こさないようにすることを目指したのです。

完全なライフサイクル・アプローチは、欧州で完全かつ持続可能な電池バリューチェーンを構築するという欧州委員会の目的にも一致するものです。ライフサイクルのあらゆる部分において適切なインセンティブを創出し、EV電池バリューチェーンに属する企業に対し、欧州における地位の確立を奨励する上で役立ちます。

電池規則案は、採掘からリサイクルに至るまで、電池バリューチェーンの全段階を網羅した完全なライフサイクル・アプローチに準じ、ライフサイクルの別段階で生じる影響を防ぎます

EV電池原材料生産者に対する要件

EV電池に使用される特定の原材料、とりわけ、リチウム(Li)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)については具体的な要件が策定されています。これらの電池原材料に焦点が当てられているのは、ニッケル含有EV電池技術は重要であり、同原材料は電池のコンポーネントとして不可欠であるとした欧州委員会の認識が反映された結果です。同要件は、ライフサイクルのさまざまな側面に取り組むもので、現在、議論されているのが3つの主要ポイント、デューデリジェンス、カーボンフットプリント、リサイクルとなります。

1. デューデリジェンス要件:

電池原材料の採掘と生産には、環境、社会、ガバナンス(ESG)問題がかかわってくることがあるでしょう。新規則枠組み案では、そういったESG問題を特定した上で、合意され、認められた基準を通して対処することが求められます。欧州委員会は提案の中で例えばOECDや国連からの既存文書について言及しています。これは、主要トピックの一つであり、政治プロセスの一環として現在も集中的に審議されています。いくつかの利害関係者は追加の電池原材料(例:銅、鉄、ボーキサイトなど)へ範囲を拡大させたいと考え、またESGの潜在的なリスクをすべて網羅したいと考えています。つまり、EV電池原料生産者は、環境、社会、ガバナンスのリスクが体系的に特定、評価、対処されていること示す基準に照らし合わせて監査されることが必要となります。

2. カーボンフットプリント:

EV電池製造におけるカーボンフットプリントは大きく、電池原材料はその主要因の1つです。欧州委員会は、温室効果ガス(GHG)排出量を削減し、低炭素電池の製造を促進させるべく、EV電池と充電式産業用電池に適用される新たな必須要件を介した3段階のアプローチを提案しています。最初のステップは、電池に関するカーボンフットプリントの算出方法を作成することです。次に、カーボンフットプリントのクラスを構築します。最後に、EU市場に投入されるEV電池に対して、拘束力のあるカーボンフットプリントのしきい値が設定されます。つまり、EU市場に参入できる電池は、定義されたしきい値を下回るカーボンフットプリントに限られることを意味します。同要件は電池原材料の生産者に重大な影響を及ぼすもので、生産現場のデータ提供が義務づけられることになります。データ収集プロセスは、世界的に合意され、認められているISO規格(ISO 14040 /44)と独立した第三者により監査されたデータに準じなくてはなりません。中期的に設定される予定のしきい値が、EV電池バリューチェーンの全関係者にGHG排出量をさらに削減させるようなインセンティブを与えるというのが欧州委員会の考えです。

3. リサイクル:

電池市場向けのリサイクルと供給に携わる原材料生産者は、電池システム全体と含まれる原材料のリサイクル効率に関する要件をいくつか遵守しなくてはならなくなります。EV電池については、含有金属に限らず、電池の全ての部品を含み、包括的かつ野心的なリサイクル目標値が達成されなくてはなりません。また、電池の正極材料(コバルト、リチウム、ニッケル)については、中期的に極めて野心的な材料回収率の達成が求められます。加えて、電池バリューチェーンの一層上流に位置する企業は、EV電池に使用される電池原材料の一定量がリサイクル(“リサイクルされた含有物”)に由来していることを確認しなくてはなりません。

リサイクルとリサイクルされた含有物双方の数値に関する詳細や実施日については、現在もEU政策立案者の間で審議中ですが、目指す目標のレベルは極めて高くなっています。同要件の目的は、主要な電池原材料のリサイクルと回収を増やすことによる循環性と資源効率の向上です。これは欧州委員会と多くの政策立案者が「循環型経済」を促進させ、EUの「戦略的自律性」を高め、原材料の供給と貿易が途絶した際のEUの回復力を向上させる上で必要であると考えているものです。

進行中のプロセス

EU電池規則案は現在も審議中であることから、上記で取り上げた要件と側面の詳細が一部変更される可能性も残されています。とはいえ、これらの措置と主要な要件が最終的な規則の枠組みに組み込まれるのは明らかであり、電池材料生産者はEV電池バリューチェーンに携わりたいのであれば対策を講じる必要があります。

しかも、これで終わるわけではありません。いくつかの要件案は、EUのいわゆる“二次立法”によってさらに特定されることになります。これらの法律は、今後、欧州委員会によって起草、採択されることになりますが、規則手続きに応じて、程度の差はあれ、他のEU諸機関(欧州議会および欧州理事会)も関わってきます。カーボンフットプリント目標値及び特定の材料回収量とリサイクル含有量の目標値を算出する方法論は、今後、EU二次立法で定義される予定の30件を超える重要な側面のわずか3例にすぎないのです。

“2022年後半にならないと、最終的な規則が公表されない予定のため、今後も変更が組み込まれる可能性があります。それでも、電池原材料生産者に対する要件がどのようになるのかは、すでに明らかになりつつあります。”

金属業界の準備状況は?

規則案の要件では、電池バリューチェーン全域にわたっての相互に努力が必要となります。カーボンフットプリントやデューデリジェンスに関する要件など、一部要件は特定の会社のものです。義務の大半は電池メーカーと電池を市場に出す企業に課せられていますが、電池原材料生産者も要件遵守を示す根拠を提供しなくてはなりません。

実務レベルでは、データの収集方法と法律の遵守を証明する方法に関する基準と枠組みが業界全体にとって一般的なものとなるでしょう。つまり、ニッケル協会を始めとする業界団体には、果たすべき重要な役割があることを意味します。現在進行中の手順の構築作業に業界がかかわることは、科学と証拠に基づき健全で、国際的に合意された基準と規則に沿っており、金属の特性とその生産プロセスが考慮されていることが保証されるでしょう。ニッケル協会では、デューデリジェンス要件を満たすべく、他の金属商品協会と協力し、ニッケル生産者がEU電池規則案の要件遵守を実証できるような責任ある調達の枠組みを開発しています。

また、会員企業と協力し、企業および現場特有のカーボンフットプリント・データの更新にも取り組んでいるところです。 EVの主要な投入原材料であるニッケル金属や硫酸ニッケルのカーボンフットプリント情報を含む、ライフサイクル・データは、すでにニッケル協会のウェブサイトに掲載されており、会員企業の平均の炭素排出量に関する情報を提供しています。この内容は、欧州委員会がEU電池規則案のカーボンフットプリント算出のために定めた、国際合意に基づく基準要件に適合したものです。

今後

電池に関する新たなEU規則枠組みが、欧州委員会の期待どおり、2022年に最終的に採択されるかどうかはまだ不透明な状況です。提案の複雑さと審議されている何百もの修正案を考えると、このタイムラインは楽観的かもしれません。

それでも明らかなのは、この法律が欧州連合のより広範な気候変動緩和コミットメントの一環であり、確実に導入されるということです。その適用は、EUの電池バリューチェーン向けの原材料供給を計画しているEU内外の電池原材料生産者に影響を及ぼすことになります。電池原材料生産者、特にLi、Ni、Co、Mnの生産者が遵守しなければならない措置は、すでに一般的な諸条件で定義済みです。現在進行中の審議では、目指す目標の詳細なレベル、目標値、実施日に焦点が当てられています。

ニッケル協会では、ニッケル生産者が近く公表される要件を遵守し、電池バリューチェーンに不可欠な電池原材料を提供し続け、可能になった際にはリサイクルできることを確実にすべく業務にあたっています。また、EU電池規則に関する要件が、世界中の他の管轄区域、グローバル・バッテリー・アライアンスなどの官民パートナーシップにも、近い将来、適用されるのは明らかです。だからこそ、電池原材料の生産に携わる企業が取り組むべき時は今だと確信しています。

これは、当初、ベンチマーク季刊誌第4四半期レビュー2021、2022年1月号に掲載された記事です

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