ニッケルブログ

エコな飛行のためのジェットエンジン効率向上

2021年10月15日

航空機の材料と言えばアルミ合金やチタン合金を思い浮かべるでしょう。最近はカーボンもその仲間に加わりました。しかし、量は多くありませんが、ニッケルも航空機に用いられ、航空機が飛ぶために重要な役割を果たしています。

最近では、ほとんどの航空機がジェットエンジンで飛行します。ジェットエンジンは、前から空気を吸い込み、コンプレッサーで圧縮し、圧縮した空気によって燃焼室で燃料を燃焼させ、燃焼室で発生した高温・高圧のガスをタービンに噴射し、タービンでコンプレッサーとともに大きなファンを回し、後方への強い空気の流れを作ります。その反力で、ジェット機は飛行します。

燃焼室と、燃焼室より後ろにあるタービンは、1000℃以上の高温にさらされます。この高温にさらされる部分にニッケルを主成分とする耐熱合金が用いられます。この合金はニッケル基超合金と呼ばれています。ニッケルは最も高温に耐える元素ではありません。タングステンやイリジウムの方が、高い温度に耐えますが、ニッケルはクロムなどの他の合金成分を加えることで性質を最適化できます。しかし、耐熱合金はただ高い温度に耐えれば良いというものではありません。高温の空気の中でも酸化しないよう、主にクロムによって与えられる耐酸化性も必要です。してはなりません。場所によっては大きな力を受けるため、強度が必要です。また、工業製品になるので、重量が大きすぎても価格が高くても適しません。ニッケルは、そうしたバランスが最も良い元素である上、ニッケルの持つ性能向上に役立つ他の元素を多く溶かし込むことが可能という性質を持っていることから、により、更に大きく性能を向上させた耐熱合金になります。

【ジェットエンジンの構造】

ジェットエンジンで最も過酷な環境は、燃焼室のすぐ後ろの高圧タービン一段目のタービン動翼です。しかも、タービンブレードに当たるガスには酸素が含まれるため、極めて酸化しやすい環境です。更に、高速で回転するため強力な遠心力で引っ張られます。タービンブレードは高温下で、酸化せず、大きな力にも耐えなければなりません。実際のタービンブレードは、耐熱セラミックコーティングがされ、内部に冷却用の空気が流れています。そのため、実際の温度は1000℃程度に下がります。この温度では、耐熱合金は破断しないだけの強度を持ちます。しかし、金属は温度が上がると変形しやすくなるので、1000℃でも強い力に耐えるのは容易ではありません。

ここで、活躍するのが、ニッケル基超合金の中でも最も耐熱性の高い単結晶合金です。ほとんどの金属は多数の細かい金属の結晶でできていますが、この合金で作られるタービンブレードは一つの結晶でできています。結晶の粒の境界が強度上の弱みとなりますが、単結晶ブレードでは結晶粒の境界がありません。金属が変形することは、転移と呼ばれる結晶のズレずれが動いて行く事でおこりますが、単結晶合金ではこのずれズレを止める仕組みを持っています。

アルミニウムを含む単結晶合金は、Ni3Alという組成の金属間化合物がニッケル合金の中に並んだ格子状の構造になっています。このNi3Alが転移を止める役割を果たします。Ni3Alとニッケル合金の結晶構造は近いので、弱点となる結晶粒界を作らずにNi3Alとニッケル合金が一つの結晶となります。より高い強度や耐酸化性を持たせるためクロム、レニウム、タングステン、モリブデンなどの元素も加えられ、40%もの成分がニッケル以外の元素です。Ni3Alを構成するAl以外の元素は、ニッケルの中にうまく溶け込んでいなければなりません。これは、ニッケルが他の元素を溶かし込みやすい性質により可能になっています。

ジェットエンジンは、原理上、タービン1段目の温度を上げるほど燃費がよくなります。この部分の耐熱温度を40℃上げると、だいたい1%燃費がよくなるという試算がなされています。そのため、より高温に耐えられる耐熱合金の開発がなされています。日本のNIMSではニッケル基超合金の耐熱温度向上に取り組み、2000年以降、それまでよりはるかに速いペースで耐熱温度の向上に成功しました。NIMSの開発した新合金はボーイング787に搭載されているロールスロイス製のトレント1000エンジンにも採用されています。例えば、ジェットエンジンに多く採用されている第二世代ニッケル基単結晶合金CMSX®-4が137MPaの応力に1000時間耐える温度が約1035℃であるのに対し、NIMSが開発した最新の合金であるTMS-238では1117℃にまで耐えることができるようになっています。

ニッケルは合金中の合金成分の性質を活かし、ジェットエンジンに必要な高温下でも強度を維持する性質を実現します。ニッケルの性質を活かした耐熱合金の開発は、今後も空の旅をより環境にやさしいものにしていくでしょう。


著者紹介:渡邊光太郎

一般社団法人ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所研究員。
三菱重工業、大手自動車メーカーなどを経て2014年から現職。
専門分野は航空産業、素材産業、ロシア製造業。

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