ニッケルブログ

電池技術専門家パリーのバッテリー・インタビュー
第3回:Ilias Belharouak博士

2021年2月24日

イリアス・ベルハルアク博士は、オークリッジ国立研究所の電化&エネルギー貯蔵の責任者です。今回のバッテリー・チャットでは、博士のグループが最近開発した新たなタイプのカソードやそのスケールアップまでの道筋など、研究が進められている、さまざまなエネルギー貯蔵のトピックについてパリー・アデリに語ってくださいます。

オークリッジ国立研究所の電化&エネルギー貯蔵の責任者、イリアス・ベルハルアク博士

イリアス・ベルハルアク博士は、オークリッジ国立研究所(ORNL)、Electrification & Energy Infrastructures Division(電化&エネルギー基盤部門)、Electrification Section(電化セクション)の責任者を務める著名な科学者です。

2017年にORNLに入所する前は、カタール財団のElectrochemical Energy Storage Center(電気化学エネルギー貯蔵センター)の研究部長、創設主任研究員として(2013年~2017年)、それ以前は、アルゴンヌ国立研究所、Chemical Sciences & Engineering Division(ケミカルサイエンス&工学部門)で材料科学者、電池の専門家として(2001年~2013年)活躍されていました。また、医療、電気自動車、再生可能エネルギー貯蔵に及ぶ幅広いプロジェクトへのバッテリー研究の応用において、複数の政府機関や業界に協力した豊富な経験をお持ちです。

博士は、これまでに150本を超える査読論文、30件の米国特許、5冊の本を執筆、共同執筆されてきました。フランスの Institute for Solid State Chemistry, National Center for Scientific Research, Bordeaux 1 University(ボルドー第1大学、国立科学研究センター、固体化学研究所)で材料科学と固体化学の博士号と理学修士号を取得されています。

パリー・アデリ(以下、PA):エネルギー貯蔵に関して博士の研究室で進行中の研究にはどのようなトピックがあるのでしょう?

イリアス・ベルハルアク博士(以下、IB):現在、私は電化部門の責任者を務めており、40人ほどの部下を管理しているのですが、主に、新しいタイプの電池や全固体電池、エネルギー貯蔵&変換技術、パワーエレクトロニクス&実装システムの3グループに分けることができます。1つ目のグループは次世代エネルギー貯蔵の研究に取り組んでおり、2つ目のグループは先端的なリチウムイオン電池といった先進エネルギー貯蔵・変換技術の開発と製造に焦点を合わせています。3つ目のグループであるパワーエレクトロニクスは、こういったエネルギー貯蔵ソリューションのグリッドへの展開、統合がすべてです。

そのために、ここオークリッジ国立研究所(ORNL)には所内電池製造施設(BMF)が整備されており、米国エネルギー省のVehicle Technology Office(車両技術局、VTO)とAdvanced Manufacturing Office(先進製造局)から資金提供を受けたプロジェクトに取り組んでいます。私たちの戦略的意図は、材料の研究開発、セルエンジニアリング、補助電源システム、インターフェースにおける相乗的な飛躍的進歩を通じて、エネルギー貯蔵システムにおけるリーダーシップを創出かつ維持するエコシステムの一環となることです。BMFのコア・ミッションは、急速充電と電池の再生利用ができ、低コスト、高エネルギーで、より安全な長寿命セルを可能にする、高度な電池材料研究、電池製造、セルプロトタイピングの革新を促進させることです。

PA:どれくらい前から新規のNFAカソードに取り組んでこられたのですか?また、このプロジェクトはどのような経緯で実現したのでしょう?

IB:この研究は、私の当初のアイデアに基づき、2018年に始まりました。高度なリチウムイオン電池に見られる主要な課題は、相変わらずエネルギー密度、コスト、性能、安全性だというのが個人的な見解です。260 Wh/kgを超え、合意された安全基準で5〜8千サイクルを超えられる技術を望むのであれば、カソードとコンポーネントのポートフォリオ全般を注意深く検討する必要があります。

私たちの計算によると、今の技術でリチウムイオン電池に基づく現状の電化ペースを継続していけば、コバルトは持続可能性とコストという課題を突きつけることになります。国立の研究所は、主要な研究努力を担うべきです。だからこそ、私たちはニッケルリッチ材料のポートフォリオを再検討しているのです。1992年から研究されてきたトピックなので、高電圧下での材料の構造的、熱的安定性、酸素放出、その他の問題が電池関係者の間では知られています。これらの材料を安定させようと懸命に取り組み、一部には大きな前進も見られました。

国立の研究所は、主要な研究努力を担うべきです。だからこそ、私たちはニッケルリッチ材料のポートフォリオを再検討しているのです。

電気自動車用のリチウムイオン電池を製造するために研究されているNFAと呼ばれる新クラスのカソード。
クレジット:アンディ・スプロレス / ORNL、米国エネルギー省

PA:NFAカソード特有の化学的性質と同研究の資金源を教えていただけますか?

IB:現在は、米国エネルギー省のVTOから資金提供を受けています。この資金提供を通じて、私たちはニッケルをベースにしたコバルトフリーのカソードの開発を任されました。その結果が、一部を鉄とアルミニウムの組み合わせで置き換えるというアイデアでした。ニッケルの含有率は少なくとも80%に上ります。また、プロジェクトの進行に伴い、ニッケル含有率90%に向かっており、100%「遷移金属」にするための残余分としてアルミニウムと鉄が確保されています。

なぜアルミニウムと鉄なのかと思うかもしれません。私たちも、当初は、鉄の溶解や高電圧での安定性といった課題から、この鉄とアルミニウムという組み合わせは機能するかもしれないし、しないかもしれない、正しい選択かもしれないし、そうでないかもしれないと自問していました。それでも、主に実験によって、ある程度はモデリングによって導かれる極めて体系的な研究をしたいと考えたのです。ゾルゲル法を利用して材料の組成状況をマッピングし、電気化学に関連する構造-微細構造の特性を調べ始めました。この2つのドーパントに何ができるのかを研究しています。すべては科学から始まるのです。アルミニウムと鉄はほぼ同じ大きさですし、Ni3+ とも同等であることから、遷移金属層で非常に簡単かつ手際よく置換ができます。これらの材料内でNi3+ を安定させつつ、Ni2+ とリチウムスラブ間の移動という問題を回避することが目標です。

連続撹拌槽型反応器(CSTR)を使用してスケールアップを図っています。最近は、非常に美しい球形で高密度なニッケル酸塩を製造しています。

PA:これまでに、このようなカソード材料の開発に関する文献を2本出版されています。大規模生産に関する最新情報や計画はありますか?

IB:これらの材料を米国エネルギー省の研究所で5〜10グラムからキログラム単位に増やせるのかどうかという課題がありました。このプロジェクトでは、簡易だという理由から材料のマッピングにゾルゲル法を採用することで始めたのですが、スケールアップの手法としては適切ではありません。そのため、現在は連続撹拌槽型反応器(CSTR)を使用してスケールアップを図っています。最近は、非常に美しい球形で高密度なニッケル酸塩を製造していますが、まだ結果は発表していません。ICP分析(誘導結合プラズマ質量分析)を行うと、アルミニウムと鉄が存在することがわかります。これらの析出物はニッケルとともに均一に分布しています。

私たちの中性子研究では、ニッケルスラブ内のアルミニウムと鉄とは対照的に、リチウムスラブ内のNi2+ の量を調べることができます。また、メスバウアー分光的研究により、Fe3+ がこれらの材料内で活性であるかどうかを確認してみたところ、実際に活性であることがわかりました。単に活性であるだけでなく、可逆的にも活性でした。

PA:誰が同技術のライセンスを付与しているのですか?また、スケールアップに向けて業界パートナーはいらっしゃるのでしょうか?

IB:これは、低TRL(Technology Readiness Level)カソード技術を評価するために米国エネルギー省VTOから資金提供を受けてORNLで開始されたプロジェクトでした。さらに、これらのカソードを、その他バッテリー技術の中でも、より高いTRLへと開発を加速させるべく、VTOが戦略的に構想した官民パートナーシップの下で米国エネルギー省の資金提供も受けました。私たち(ORNL)は、2019年にORNL構内で設立されたスタートアップ企業、SPARKZ社と協力しています。SPARKZ社との協力には、フォークリフトとEV市場向けの同材料のスケールアップが含まれています。ORNLがこの技術の特許を取得し、SPARKZ社がライセンスを取得しました。同社は、材料のスケールアップを可能にする組成と工程に加え、いくつかの電解質と形成サイクルの設計に関するライセンスを取得していますから、特許ポートフォリオを保有していることになります。私たちは、この技術を業界パートナーに移転すべく協業しており、業界パートナーは、自らの投資家を通して、これらの新しいニッケル酸塩をより広範な市場に展開することを検討しています。

同時に、私たちは考え方が一致する他の企業やパートナーとの協力にも極めて意欲的です。この開発初期段階のカソードを、必要とあれば、市販用の製品に移行させるエコシステムの創出を支援する用意があります。

また、つい先日、コバルトフリー・カソードで、Technology Transfer(技術移転)部門、Federal Laboratory Consortium Award(連邦研究所コンソーシアム賞)も受賞しました。「Sparkz社にライセンス付与されたコバルトフリー電池技術による持続可能性の構築」です。容量劣化が20%未満のC / 3レートで1000サイクルを検討しています。10分~15分以内の急速充電も検討しています。現在は2〜3Ahのセルを作っています。私たちが作っているのは、もはやコインセルではなく、かなり大きなポーチセルなのです。まだパイロット規模であり、生産規模に移行する意図はありませんが、業界パートナーの協力によって最終的には達成できるでしょう。

SPARKZ社との協力には、フォークリフトとEV市場向けのこれら材料のスケールアップが含まれています。ORNLが同技術の特許を取得し、SPARKZがライセンスを取得しました。

PA: Journal of Power Sources paper誌の論文で、ジルコニア(ZrO2)コーティングのLiNi0.5Mn0.1O4(LNMO)カソードに対する影響について報告されていますが、NFAカソードについても、同様のコーティングに取り組まれているのでしょうか?

IB:LNMO論文では、ナノ粉末ジルコニアをマイクロサイズのスピネル型LNMO材料と混合した後、ボールミル粉砕をしています。一部の寄生反応から陰極を保護してくれたので大成功でした。実に見事なレート性能、サイクル寿命の向上に加え、10分という超高速充電を実現することができました。繰り返しになりますが、この研究は初期段階に過ぎません。スケール要因という課題については十分に理解しています。

このようなニッケル酸塩についてはコーティングが必要ですから、当然のことながら取り組んでいます。ソリューション・ベースのアプローチをとり、ジルコニア、一部のリン酸塩、さらには固体から固体への超音波処理も調べているところです。この研究は始まったばかりなので、まだ何も出版していません。

PA:最後に、これらのカソードについて何かおっしゃっておきたいことはありますか?

IB:ニッケルは、ますますニュースになっていくだろうというのが個人的な見解です。科学者として、私たちは、このような低TRL(Technology Readiness Level)の研究開発努力に完璧に適しています。ORNLが特に注目しているその他の取り組みの1つとして、全固体電池があげられます。将来的には動作する全固体電池デバイスの構築を見据えています。ただ、この旅はまだ始まったばかりというのが現状で、ニッケル酸塩を用いて全固体複合カソードを製造している段階です。第一の目標は、界面を理解し、エネルギー密度、レート能力、サイクル寿命の観点から何が理にかなっているのかを理解することです。

繰り返しになりますが、国立の研究所における私たちの材料科学と特性評価の能力こそが重要な成功要因だと言えるでしょう。例えば、BMF施設といった能力は、ベンチ規模からパイロット規模への移行を可能にする貴重な投資です。研究者として私が心から求めているのは、科学と工学を楽しむことだけでなく、これらのニッケル塩酸が市場に登場する日を見届けることでもあります。

PA:お話をうかがうことができて最高でした!

IB:私も楽しませていただきました。ありがとうございます。

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