ニッケルブログ

電池技術専門家パリーのバッテリー・インタビュー
第1回:Arumugam Manthiram教授

2020年10月15日

テキサス大学オースティン校の高名なArumugam Manthiram教授は、科学界に多大な影響を及ぼした研究により、エネルギー貯蔵の分野に偉大な貢献をしてきました。今回のインタビューでは、同教授がたどってきた研究の道のりを簡単に、また、高ニッケル含有カソード(正極)に関して進行中の研究に対する教授の見解と、今後の研究の方向性についてお話しいただきます。

写真:Arumugam Manthiram教授

Arumugam Manthiram教授は、現在、テキサス大学オースティン校工学部において同州立大学評議員長ならびにテキサス材料研究所の理事を務めています。

これまで執筆した論文は800本、論文の引用は6万9千件にのぼり、最近 『Nature Energy』 ならびに 『Nature Communications』 に掲載された論文は6万人近くによってアクセスされています。同教授の研究チームは多岐にわたる研究を行っていますが、リチウムイオン電池向けの広範な高ニッケル含有正極材料を研究テーマに最近、NMA-89 (89 はニッケル含有率89% を意味する)対NMC-89、NCA-89およびAl-Mg coドープの NMC (NMCAM-89)という、非常に興味深い高ニッケル含有化合物の比較研究を実施しました。

写真:2019年12月8日、ストックホルム大学(the Aula Magna)にてArumugam Manthiram教授が
John B. Goodenough教授のノーベル化学賞受賞に際しノーベル賞講演を行う様子

Parri Adeli(パリ―、以下PA):インタビューのお時間をいただき、ありがとうございます。教授が若き研究者だった頃は、どのような種類の研究に関心を抱かれていたのでしょう?またそれは年月を経てどのように変化してきましたか?

Arumugam Manthiram教授(以下AM):私はインドのThe Indian Institute of Technologyで博士号を取得しました。研究テーマは「酸化モリブデンの合成と電磁的特性」でした。インドで博士課程を履修していた当時、博士論文の審査委員の一人があの伝説のJohn Goodenough教授(※) だったのです。博士号を取得してからの4年間は、印Madurai Kamaraj Universityで講師をしていました。その後、1985年にオックスフォード大学の Goodenough教授のチームで博士課程修了後の研究をさせてもらえることになりました。その10カ月後、1986年9月に一緒にテキサス大学オースティン校に行くことになったのです。私は博士課程修了後の研究者として、電池と高温超伝導体の双方に関する研究をしていました。あの当時は注目のトピックでした。 ポリアニオンカソードの研究は1985年にオックスフォード大学で私が始めたもので、1987年と1989年に2本の論文を発表しています。それから10年たった1997年にLiFePO4が登場したのです。博士課程修了後、特別研究員として研究していたときは、ポリアニオン(多価陰イオン)にここまでの利用価値があるとは、考えてもいませんでした。絶縁性が極めて高いという特性がありましたが。私たちがポリアニオンカソードについて 『Journal of Power Sources』 で論文を発表したのは1989年でした。その後、ニュージャージー州のBellcore社から仕事の話をいただいたのですが、Goodenough教授に「君は産業界に向いていない」といって、テキサス大学に教授として残るよう説得され、そうすることにしたのです。それ以来34年間、ずっと米国のこの地にとどまってきました。

※ John Goodenough 教授は米国の固体物理学者、テキサス大学オースティン校教授で、リチウムイオン電池開発の第一人者。2019年、リチウムイオン二次電池開発の功績により、吉野彰氏らと共にノーベル化学賞を史上最高齢で受賞。

PA:John Goodenough教授とは長年にわたる友人・同僚であり、教授のノーベル賞講演もして頂いた間柄です。教授から学んだことで、何か私たちにアドバイスしていただけることはありませんか?

AM: John Goodenough教授は、私の手本となってきた人です。最も偉大な科学者の一人です。非常に頭が切れて、賢く、優れた分析力の持ち主です。数々の論文もさることながら、新材料の発見という意味において、教授の研究は社会に役立ってきました。例えば、60年代・70年代のデジタルコンピューター用、そしてリチウムイオン電池や固体電解質などです。Goodenough教授からひとつ学んだ良い点と言えば、毎日少なくとも8時間は睡眠をとることでしょうね。そうすることで明晰な思考が可能となり、結果として優れた科学がうまれるのです。熟睡して仕事に集中できれば、結果的に効率が高まるのですよ。

PA: Arumugam Manthiram教授が執筆された非常に興味深い論文、『高ニッケル含有NMA:リチウムイオン電池のNMC、NCAカソードに代わるコバルトフリー』 について少しお話いただけますか?このプロジェクトに関する最新情報があれば、お聞かせ願えないでしょうか?

AM:私は酸化物が大好きなので、博士課程も酸化物についてでしたし、その後も酸化物カソード、結晶化学、その原子配列と構造に携わってきました。博士課程では、物理学をあまり勉強しませんでした。なにしろ、Goodenough教授という物理学者と仕事をしていましたからね。しかしバンド構造、酸化還元エネルギー準位など、物理学と化学に同時にさらされていたのです。

優れた結晶化学、構造的知識、各種イオンの酸化還元エネルギー位置を組み合わせることによって、層状酸化物においてどの金属イオンが何をするかを良く理解することができます。私たちはこれによって、一部カソード構成を設計することができました。合成条件が極めて重要なのです。ニッケルの含有率を高める際には、合成温度を下げなくてはなりません。Ni3+は、高温だとあまり安定しないからです。酸化コバルトは、800~850℃に熱しても何の問題もありません。ニッケルを加えていくと、温度が下がってしまうのです。NMAについては、結晶化学に関する優れた知識や各種イオンの酸化還元エネルギーに関する知識に加えて、反応槽内における結晶の制御に関する知識が役立ちました。このすべてがあったからこそ、NMAを達成することができたのです。

ご質問の論文はすでに発表されたものです。あれから、セルを開けて4~5種類の材料の違いを確認する分析作業に入っています。これもまもなく完了するので、次の論文のテーマになります。

PA:この研究に着手したきっかけは?また、最終的な目標は?

AM:コバルトは高価ですから、コバルト含有電池をたくさん使うと、EVの価格が上がってしまいます。それに加えてサプライチェーンの問題があります。コバルトはコンゴ民主共和国で採掘されており、別の問題もはらんでいます。例えば、児童労働、子供たちのばく露など、私にとってはすべてが懸念材料です。こういった懸念とともに、コストや米国・カナダのサプライチェーンの問題から、まずはコバルトの使用量を減らし、最終的には完全に排除するという思いに至りました。以前は、ニッケル94%、コバルト6%の構成で研究していました。3年かけて研究し、これをテーマに少なくとも5~6本の論文を発表しています。このニッケル94%、コバルト6%という構成から徐々にコバルトフリー構成へと移行していったのです。長年にわたり、コバルトは必須要素で、コバルトを使わなければ求めている性能を得られないというのが一般的な考え方でした。私たちのチームは、必ずしもそうではなく、コバルトなしでも機能する材料を作れるということを証明したのです。


※ 日本語字幕が画面内に表示されます。

PA:電池材料に使用する元素として、ニッケルの何が魅力的なのでしょう?

AM:電池の材料は重量が軽くなくてはなりません。つまり、3d軌道の遷移金属を使用しなくてはならないことを意味します。左から右に向かって、チタンからニッケル、銅と、遷移金属の3dエネルギー準位は下がっていきますから、セル電圧を上げられることを意味します。

最も重要な2つ目のポイントは、3d遷移金属系列です。ニッケルは、唯一、電圧を途切れさせることなく、2+から3+、3+ から 4+と、2価を経由することができます。2価状態を経由している間も、継続的な多少傾斜した電圧プロファイルが得られるのです。これは素晴らしいことです。バナジウムでも、3+ から 4+ 、4+ から 5+と可能なのですが、電圧に途切れが生じてしまいます。産業界は電圧に生じる突然の途切れを歓迎しません。

ニッケルのもうひとつの長所は、サイズにあまり変化が生じない点です。ニッケルは周期表のかなり右側に位置しますから、ニッケルと酸素の結合は共有結合性が極めて高くなります。これは電子密度が非常に非局在化されることを意味します。ですから、優れた電子伝導率を実現することができるのです。周期表の左側にある元素だと、電圧が低く、電子密度がより局在化され、伝導率が低くなる可能性が高くなってしまいます。さらに、ニッケルとコバルトを比較すると、コバルトは最高で3.5+までしか酸化させられません。LCOからリチウムをすべて取り除いてしまったら、LCOを完全にチャージすることができません。CoO2を得ることはできませんが、LiNiO2 であれば、リチウムをすべて取り除き、NiO2 を得ることができるので、Ni4+へのアクセスが可能な一方で、Co4+へのアクセスが不可能になります。ニッケルを使うと容量が増す理由はここにあります。コバルトだと、容量が半減してしまうのです。

PA:ニッケルベースの正極材料と、その他の既知・新興のカソード、LFPや層状岩塩型正極材といったリチウムイオン技術との比較については、どのようなご見解でしょう?

AM:LFPは、適切に作られれば、うまくいくでしょう。中国やインドのように短距離自動車を必要としている国ではLFPを使えるはずです。インドの場合は、気温の変動が極端なので、熱耐性に優れている必要があります。LFPは耐熱性と放電容量に優れています。一方、米国やカナダといった西洋諸国では、長距離を走ることになります。オースティンからダラスまで約320キロメートルありますから、高性能、高エネルギー密度の材料が必要です。このように、用途と要件は、人や国によって異なってくるでしょう。米国や欧州の一部の国においては、エネルギー密度が最も重要な要素となります。開発の進んでいない国では、走行距離が短くなるかもしれません。明確なのは、米国やカナダのような国では、高容量、高エネルギー密度、長距離走行が可能という観点から、高ニッケル含有カソードの需要が高いということです。Tesla社は、NCAと高ニッケルをすでに使っていますし、今後も使い続けるでしょう。層状岩塩型正極材については、実際のセルという意味において、サイクル能力やエネルギー密度がどの程度なのかを見てみないと分かりません。電圧プロファイルが多少傾斜していますからね。現状では、実用的な観点からコメントするのは難しいです。ただ基礎科学の見地から言えば、良いと思います。

明確なのは、米国やカナダのような国では、高容量、高エネルギー密度、長距離走行が可能という観点から、高ニッケル含有カソードの需要が高いということです。テスラは、NCAと高ニッケルをすでに使っていますし、今後も使い続けるでしょう。

PA:リチウムイオン電池業界がニッケルベースの正極材料を完全に採用するようになるには、何が必要なのでしょう?

ニッケルの含有率を90%以上にすると、3つの問題が生じます。ニッケルの含有量が増えるにつれ、これらの問題の難度が飛躍的に高まるのです。ニッケルの含有率を60%から70%と比較したとき、70%から80%にする方が難度が高まります。90%から95%にするとさらに難しくなり、95%から100%となると、はるかに難しくなるのです。高ニッケルの難点は、1)サイクル寿命、2)熱安定性(すなわち、安全性)、3)大気安定性が限定的なところです。 正極材は、大気ばく露が続くとリチウムが形成されます。水酸化リチウムと炭酸リチウムが高ニッケル含有化合物の表面に形成され、これを残留リチウムと呼んでいます。これが複数の問題を引き起こすのです。a)サイクル能力が低下する。b)表面の水酸化リチウムと炭酸リチウムが電極スラリーを詰まらせてしまう。c)ガスが発生するため、セルが膨らみ、危険です。大気安定性はさまざまな悪影響を及ぼすため、長時間に及ぶ材料の大気へのばく露は避けなくてはなりません。大気曝露は、より一層注意することが求められ、セルを保護するためにコストが増えます。この双方の課題に、バルクドーピングと表面の安定化で取り組んでいく必要があります。ただ、すべての研究が完了すれば、こういった課題を克服できると考えています。

PA:単結晶NMCの性能を信頼していらっしゃいますか?

AM:最初に、高ニッケルを採用するとサイクル特性が低下する仕組みを説明しておきましょう。チャージするとNi4+ が作り出され、界面が電解質と強烈に反応します。反応するとニッケルが溶解し、セパレーターを通って黒鉛アノード(負極)上に堆積します。これが黒鉛の性能に問題を引き起こし、抵抗が高まるのです。単結晶の場合、最大の利点は、界面活性を軽減できることです。残留リチウムも軽減されるかもしれません。私たちの研究室でも、単結晶を数種類作っています。異なる手法で単結晶を作成している過程にあります。コストを増加させることなく、単結晶を作成できれば、ポテンシャルが広がるでしょう。

PA:TexPowerに関する最新情報を聞かせていただけますか?教授の研究室の今後5年間の方向性は?

TexPowerは小さなスタートアップ企業です。 開発型のサプライヤーを目指して、材料のスケールアップと製造に重点的に取り組んでいます。TexPowerで行われている研究開発は大規模生産能力に向けてのものになります。

私の研究室では、制約を一切設けていません。NMAに限らず、他の組成についても、高ニッケル含有を保ちつつ研究しています。同時に、最高のサイクル特性、最高の大気安定性、最高の熱安定性を調べているのです。優れた材料にたどり着けるように、数々の試験研究を行っています。また単結晶についても研究していますし、1000サイクル後の事後分析も多々実施しています。テキサス大学オースティン校は、X線光電子分光分析装置、高解像度電子顕微鏡など、分析能力が豊富です。さらにさまざまな材料について、サイクリングを続けていくなかで抵抗に生じる変化も追跡調査しています。今後数年間の最終目標は、「性能という意味において、層状酸化物から得られる最高のものは?課題を克服するために何ができるのか?」です。

高ニッケルに重点的に取り組んでいくことになりますが、リチウム硫黄やナトリウム硫黄についても研究しています。

PA:リチウムイオンの代替ケミストリーにどの程度のポテンシャルがあるとお考えですか?リチウムイオン電池の展望について、教授の見解を聞かせてください。

AM:たとえ他の技術があったとしても、リチウムイオンは、長い間、支配的地位に立ち続けるでしょう。一部の用途ではリチウムイオンの利用が続くと思います。というのも、数々の利点があるからです。判断材料のひとつはコストですが、リチウム硫黄を使えばコストが下がります。ただ性能的にはリチウムイオンが一定の支配的地位を保っていくと思います。もしかするとリチウムイオンを完全に排除することはできないかもしれません。

リチウム硫黄の研究は米国とアジアで盛んに行われており、進化を続けています。初期研究の問題をひとつ挙げると、電解液が多く、硫黄がほんのわずかだった点です。担持量が少なく、コイン型セルではすべてを把握できません。ですから私たちはパウチ型セルを使っています。またそういったパラメーターすべての制御も試みています。担持量は少なくとも5 mg/cm2、炭素を減らし、電解液を減らして、硫黄に対する電解液の割合は5 µl/mg未満としています。加えて、私たちはアノード・フリー・セルも手がけています。つまりアノード(陰極)に過剰な金属リチウムが一切ないことを意味します。

また、リチオフィリック・ホスト(足場)の研究も行っています。現在、リチウム硫黄に関して抱えている問題は、サイクル特性、実用エネルギー密度が低いことです。例えば、200サイクル程度でかまわないなど、長寿である必要のない用途であれば、リチウム硫黄の実用も可能でしょう。

現在、多価イオンについても基礎科学に関するプロジェクトを実施しています。マグネシウム、カルシウム、亜鉛の多価イオンの問題点は、層状酸化物やスピネルなど、最密充填構造の場合、イオンが静電反発によって移動しにくくなってしまうところです。つまり、放電容量が低く、材料全体を活用することができません。その上、電圧も低くなってしまいます。ですから、酸化物、特に最密充填された酸化物は、うまく機能しないのです。最密充填でない構造材料を使わなくてはならないのですが、この場合も体積エネルギー密度が下がってしまいます。より重くなってしまう可能性がある上、マグネシウム、カルシウム、亜鉛で電圧もより低くなってしまいます。拡散の問題を克服したければ、硫化物のような、共有結合系を採用しなくてはなりません。ただ、こちらでも電圧が下がってしまいます。結論として、こういった多価イオン電池で高エネルギー密度を追求すると、リチウムイオンやナトリウムイオンを超えるものはないと考えます。その理由は、拡散の課題と本質的に電圧が低いという弱点です。一部のシステムにおいてはコストという利点が一程度あるかもしれませんが、適切な電解質がないなど数々の課題を抱えています。ですから競合は非常に難しいでしょう。

結論として、こういった多価イオン電池で高エネルギー密度を追求すると、リチウムイオンやナトリウムイオンを超えるものはないと考えます。その理由は、拡散の課題と本質的に電圧が低いという弱点です。

PA:締めくくりに何かメッセージがあれば、お願いします。

AM:太陽光、風力、エネルギー貯蔵、また燃料電池であっても、クリーンエネルギーに携わっている者にとって今は好機です。社会にとってこの上なく重要な問題ですからね。ですから、科学者、エンジニアは、仕事に励み、直面している課題を部分的にでも解決していかなくてはなりません。この先、子供たち、孫たちに、より良い地球とより良い暮らしを残していけるように。エネルギーは私たちの暮らしの中核ですから。

PA:繰り返しになりますが、素晴らしいお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

AM:こちらこそ、楽しませていただきました。

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