ニッケルブログ

一度で使い捨て

2020年6月29日

米国出身の女性ミュージシャンであり、ロックバンド「hole」のメンバーである Courtney Love はロケットを意識して『Use Once and Destroy』という曲を書いたわけではありません。ただ、アルバム『Celebrity Skin』(1998年)内のこの曲のタイトルがロケット工学の歴史を完璧に表しているのは確かでした。Tesla 社の Elon Musk が再利用可能ロケットによって革命を起こすまでは。

ロケットが、軌道までの片道切符のみを持つ必要はないという発想をしたのは、『海底二万里』、『八十日間世界一周』、『十五少年漂流記』などの名作を残し、サイエンス・フィクション(SF)の父として知られる小説家ジュール・ヴェルヌだといっても過言ではないでしょう。しかし、この小説上の目標を現実のものにしたのは電気自動車で有名なTesla社のElon Musk氏が創業した宇宙開発企業のSpaceX社でした。同社のFalcon 9(ファルコン9ロケット)で回収した一段目ブースター(補助ロケット)はのべ50基を超えます。このうち、2基は5回も打ち上げられており、この記事を執筆している時点で1基が5回目の垂直着陸(大西洋を航行する無人回収用の台船上へ、正確に制御された減速噴射による着陸)に成功しているのです。

Falcon 9ロケットの(設計の最終版と報じられている)ブロック5では、改修までの間に打ち上げ10回(着陸が洋上の回収用台船ではなく陸地だった場合には、着陸から次の打ち上げまでの期間がわずか1週間)が目標と発表されています。

この活動(従来使い捨てであったロケット部品の回収と再利用)のすべては、従来の「キログラム当たりの費用単価を安く」というコンセプトの下で宇宙に信頼性をもって荷物を届けるというSpaceX社の事業計画から派生しています。輸送用ロケットはほぼ、高度100km以上に到達できるニッケルを含有した材料で造られたエンジンが搭載された、単なる燃料入りの管なのです。何よりも高コストなのはエンジンになりますが、ここでもニッケルが役割を果たし本質的な貢献をしています。

Falcon 9ロケットには設計・製造ともにSpaceX社によるMerlin(マーリン・エンジン)が9基搭載されています。9基が1段目ブースターに搭載され、真空空間向けに最適化されたエンジンがもう1基あります。2段目は回収できないという現状から、この10基目のエンジンは失われてしまうため、同社の一番の関心事は1段目に搭載される9基のエンジンということになるのです。

Merlinエンジンには大量のニッケルが使われています。同エンジン1基の乾燥重量は設計上1500kgです(実際の重量は不明ですが、これに近い数値になるでしょう)。同エンジンは(ロケットが経験する運行上の諸条件にもよりますが)大量のニッケル合金で構成されているはずであり、当方の試算によるとエンジン1基に少なくともニッケル合金125kgは使われていると考えられます。

Merlin エンジン
撮影:Brian Haeger / 出典:renderspeed.com

回収したFALCON 9ロケットのニッケル合金使用量は
エンジン1基あたり125KG×9基=合計1125KG

このロケット部品の回収と再利用がロケット工学の経済、ひいては経済的な可能性と宇宙開発の妥当性に革命をもたらしたのです。他のロケット・システムはすべて時代遅れになってしまいました。ただ、「SpaceX社製以外の」新型打ち上げ機の開発にはまだ時間が要することから、従来の「使い捨て」型システムは、もうしばらくの間、続くことになるでしょう。

それでも、小型ロケット部門においては、Rocket Lab社のElectron(エレクトロン・ロケット)という競合がすでに登場しているのも事実です。このロケットは、主にニュージーランドの北島にある壮観な同社施設からだけでなく、米国バージニア州 Wallops Islandからも打ち上げられています。パラシュートを用いて航空機で空中回収するシステムはまだ完成に至っていませんが、すでに50基を超える人工衛星(主にキューブサット、大学の研究室などが製作する数キログラム程度の小型人工衛星)を打ち上げ、ロケット1基当たり数多くの人工衛星を宇宙に送り込んでいます。

宇宙開発事業に携わる主要企業が SpaceX社の「回収と再利用」の事業モデルを採用するようになるでしょう。Falcon 9ロケットのように、宇宙に届けられる貨物と単なる燃料入りの管である輸送用ロケットは、ニッケル合金製のエンジン頼みなのです。もちろんその「管」自体も進化しているのですが、この点に関しては別途お伝えする予定です。

Falcon 9 ロケットの発射(左)と一段目ブースターの帰還(右)
©Michael Seeley

余談ですが、SpaceX社は様々な機材に独自の名前を付けていることでも有名です。例えば、大西洋を航行する無人回収用の台船はOCISLY号(Of Course I Still Love You(もちろん今も君を愛している)の略)やJRTI号(Just Read the Instructions(説明書を読みなさい)の略)、有人回収船はMiss Chief号(音がミスチフ(いたずら)に似ている)、Miss Tree号(音がミステリー(謎)に似ている)などがあります。また競合他社のRocket Lab社も負けてはいません。Electronロケットの次回打ち上げは、ミッション名Pics Or It Didn’t Happen(証拠写真がなければ信じられない)と命名されています。

宇宙における商業活動は、軍事活動や国家活動とは明らかに異なります。ただどのような活動であれ、これだけは変わりません。宇宙開発は難しい事業ですが、ニッケルがそれを可能にしているのです。

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