ニッケルブログ

電池技術専門家パリーのバッテリー・インタビュー
第4回:Stefano Passerini教授

2021年4月16日

Stefano Passerini教授は、ヘルムホルツ協会ウルム研究所の所長です。今回のバッテリー・インタビューでは、数あるトピックの中でもとりわけ、高電圧LNMOカソードと電解質添加剤に関する研究についてParri Adeliに語ってくださいます。

ヘルムホルツ協会ウルム研究所所長、Stefano Passerini教授

Stefano Passerini博士は、2014年1月1日からカールスルーエ工科大学で教授を務められており、2018年10月にヘルムホルツ協会ウルム研究所の所長に就任されました。研究の焦点は、高エネルギー電池とスーパーコンデンサーの材料の基本的な理解と開発で、環境に優しく、利用可能な材料とプロセスから持続可能なエネルギー貯蔵システムを作り出すことを目標に掲げています。また、イオン液体およびナトリウムイオン電池開発分野における先駆者としても国際的に認められている方です。

共著文献は600本を超える科学論文(Scopus H-Index:92)、数冊の専門書、数件の国際特許にのぼり、2012年には電気化学会バッテリー部門の学術賞を受賞されています。2015年からはJournal of Power Sourcesの編集長を務め、International Society of Electrochemistry(2016年)とElectrochemical Society Inc(2020年)のフェローにノミネートされました。2019年から国立科学アカデミー・レオポルディーナの会員としても活躍されています。

Parri Adeli(以下、PA):博士がバッテリー分野で歩まれてきた道のりを簡単にお話しいただけますか?

Stefano Passerini(以下、SP):私がリチウム電池の分野に足を踏み入れたのは、1986年、Bruno Scrosati教授の研究室でした。イタリアで電気化学の博士号を取得した後、米国ミネソタ州に移り、ミネソタ大学で研究職に就きました。その後、イタリアに戻り、新技術・エネルギー・持続的経済開発機構(ENEA)に入り、現在はドイツにいるのですから、長い道のりです。35年以上になりますからね!今は、ヘルムホルツ協会ウルム研究所(HIU)の所長を務めています。また、カールスルーエ工科大学の教授でもあります。私のグループでは、約50人の学生と博士研究員がさまざまなトピックに取り組んでいます。

PA:カソードのエンジニアリングについて研究されたさまざまなアプローチの概要を教えてください。

SP:10年以内に、車のほとんどがバッテリー駆動車になっていることは間違いありません。ですから、持続可能な材料を調査する必要があります。高電圧ニッケルマンガン酸化物スピネルの調査に着手した理由はここにあるのです。この材料はコバルトを含まないことから、コバルト不足の問題に対処することができます。また、ニッケルリッチ、リチウムリッチ材料にもかなり取り組んでいます。高電圧スピネルには、材料の劣化に関する問題がいくつかありました。そこで、結晶構造の研究に着手し、劣化を防ぐために、ナノ粒子、特にこれら粒子のコーティングの最適化を試みています。これが、現在、最も力を入れている取り組みです。また、高ニッケルカソードに関する研究においては、NMC-811を自前で作るのではなく、業界から入手しています。私たちが試みているのは、旧式の電池化学を発展させ、そこから最高の性能を引き出すことなのです。

もう1つ、特に重視しているのは、リチウムイオン電池の生産を安定したレベルに拡大させることです。さらに、電池の細かい製造工程にも取り組む必要があります。例えば、正極の製造で使用されている溶剤は、依然としてあまり望ましくないものです。私たちは、この2つのテーマに特に力を入れています。低汚染で環境に優しいカソード製造を目指し、フッ素化バインダーから水性バインダーに移行して、こういった水性バインダーを実際に適用した際に劣化を避けられるような材料を設計するのです。

10年以内に、車のほとんどがバッテリー駆動車になっていることは間違いありません。ですから、持続可能な材料を調査する必要があります。高電圧ニッケルマンガン酸化物スピネルの調査に着手した理由はここにあるのです。

PA:LiNi0.5Mn1.5O4 (LNMO) カソードのコーティングが電池の性能に及ぼす影響についてご説明いただけないでしょうか?特に、Materials Todayに掲載された2020年の 論文 の主題だったNiPOx コーティングについて。

SP:これは、バインダー研究の成果のようなものだと言えるでしょう。数年前、水性バインダーは劣化を招くため、ニッケルコバルトマンガン酸化物には使用できないというのが、この分野における一般的な見解でした。私たちは、スラリーにリン酸を少し加えていた当時の配合を最適化してみました。すると、カソード材料が劣化しないことに気づいたのです。その理由を理解すべく、調査を進めてみたところ、遷移金属酸化物が溶解して水相になった途端に、リン酸アニオンがこれと反応し、リン酸ニッケル、コバルト、マンガンとして沈殿することがわかりました。これが材料を保護していたのです。私たちは、このプロセスにかかる特許を取得しており、その後、私の友人であるIlias Belharouak博士がフォローアップの特許を取得しました。博士は、いくつかの改良も加えています。実際にNCM811に対して非常に優れたサイクル性能を実現してみせました。これは、カソードへの水溶液処理を可能にすべく私たちが開発したものでした。

こう考えたのです。リン酸の形成が厄介な環境(これらの酸化物にとって水は厄介な環境であるため)で保護できるのであれば、水性環境にさらす前に、粒子に直接コーティングを施してみたらどうだろう?現段階では、まだ双方の手法に取り組んでいます。1つは、スラリーの準備中にその場でリン酸を形成させて、電極をコーティングする手法です。もう1つは、別の環境で事前に粒子をコーティングする手法になります。こちらは、かなりうまく機能するようです。リン酸は種類によって性能が異なります。これが、別の環境でやろうと考えた理由の1つでもありました。こうすれば、リン酸をリン酸ニッケルにするのか、リン酸コバルトにするのか、リン酸マンガンにするのか、自分たちで決められますからね。これをスラリーで行うと、私たちには選択の余地がありません。粒子から出てくるものは、すべてリン酸塩として沈殿します。化学反応を制御できないからです。リン酸ニッケルがかなり良いことがわかってきました。

PA:高電圧カソードの主な課題の1つは電解質です。博士は、Journal of Power Sourcesに掲載された2021年の 論文 で言及されているものを始めとする、さまざまな電解質添加剤でこの課題に取り組み、素晴らしい研究をされています。

SP:私たちは、ある時点で、界面での最適な整合特性を持つとは言えないリチウムリッチ・ニッケルマンガンコバルト酸化化合物を1つ合成しました。ただ、電解質との反応の問題があったので、電解質添加剤を検討し始めたのです。あの論文で取り扱った2つの添加物、リン酸トリス(トリメチルシリル)(TTSPi)と炭酸ビス(2,2,2-トリフルオロエチル)(TFEC)は、どちらも真新しいものではありません。ただ、この2種類の添加剤(TTSPiとTFEC)の組み合わせは、界面相での保護において特に効果的でした。性能向上に対する相乗効果は知られていなかったことから、これに対する特許を取得しています。

PA:全固体電池の研究については、どのような種類の電解質を調査されているのでしょう?

SP:私は、1986年から高分子電解質に取り組んできました。Michel Armandがポリエチレンオキシド(PEO)を考案した直後、Scrosatiがこの分野に飛び込み、実際にいろいろとやったのが私でした。数年前、Samsung(日本支社)との共同研究に着手しました。同社から、硫化電解質を使用した全固体電池用の新たなカソード材料の探求を依頼されたのです。私たちはこの分野でかなりの知識を得て、今では非常に活発に研究をしています。純粋な全固体は極めて困難です。2020年に、イオン液体中間層の使用による界面抵抗の低減に関する論文 をSmallで発表しました。ジルコン酸リチウムランタンと金属リチウムの界面とともに、カソード側にイオン液体を数層施すと、界面抵抗が大幅に低減されることを実証しています。最初の論文で報告したのは、性能の向上に関してのみでした。

このテーマについては、ドイツが資金提供したプロジェクトの1つでJurgen Janek教授と共同執筆した、フォローアップの論文があります。この共同研究において、性能が向上する理由を説明しています。固体/固体界面の場合、2つの固体の動作が異なる可能性があり、その場合、界面の整合という問題が生じます。固体電解質には独自の界面があり、そこにとどまるのです。電極はサイクリング時に膨張収縮します。イオン液体は、稼働中に形成される隙間を埋められることから、界面抵抗を1桁または2桁減少させられるのです。2020年に発表した同論文は、このプロジェクトを継続するきっかけとなりました。この方向に向けてさらに進んだ論文を提出しようとしているところです。正極側に高ニッケルカソード(NMC811)、負極側にリチウム金属を使用しています。また、柔軟性に富むハイブリッド固体電解質も開発しました。8〜13ボルトの間でサイクルするセルを実証することもできます。

正極側に高ニッケルカソード(NMC811)、負極側にリチウム金属を使用しています。また、柔軟性に富むハイブリッド固体電解質も開発しました。8〜13ボルトの間でサイクルするセルを実証することもできます。

PA:教授は、硫化物、酸化物、イオン液体が組み込まれたハイブリッド電解質について研究されてきたわけですが、それぞれを比較してみると、どうなのでしょう?

SP:はい。硫化物は、延性にとても優れていますので、どちらかというと簡単な方です。2つの固体成分の界面を整合させる必要性が軽減されますからね。ちょっと圧力を加えれば、硫化電解液が変形して電極界面を整合させます。酸化電解質の場合は、岩のようで本当に硬いのです。たとえば、リチウム金属電極の消費があるとボイドが生じ、接触が失われてしまいます。そこで、このイオン液体中間層を取り入れることにしたのです。

PA:単一イオン伝導性高分子電解質はデンドライトに対しては極めて優秀ですが、高エネルギーカソードとの互換性に課題があります。LiNi6Mn0.2Co0.2O2 と Li[Ni0.8Co0.1Mn0.1]O2 カソードを採用した最近の論文において、この問題を解決すべく取り組まれた研究について、ご説明いただけないでしょうか?

SP:わかりました。同じ単一イオン伝導性高分子電解質をNMC811で採用した論文も現在査読中です。先ほども申し上げましたが、私は35年間におよび、Michel Armandの研究のフォローアップとしてPEOベースの電解質に取り組んできました。特に90年代には、本当に何もかも試してみたのです。2、30年前にすでに調査済みなのに、最近、それを無視するかのような、ポリマーに関する論文を目にすることが多々あります。それでも、これまでのところ、PEOより優れた純粋な高分子電解質は認められません。数年前、フランス、グルノーブルにいる同僚の1人がこのポリアニオンを思いついたのです。ポリアニオンでは、対イオンはLi +ですが、可動性がとにかく低いので、リチウムが動いていませんでした。そこで、リチウムのサイト間移動を、ある意味サポートできる分子溶媒を追加するというアイデアを思いつきました。これがうまくいっているようです。ただ、中に液体が入っていますから、ある意味、準乾燥状態の高分子電解質というべきでしょう。とはいえ、第1に、液体は実際に自由ではなく、高分子に結合しているため、簡単に蒸発したり漏れたりすることはありません。そして第2に、PF6-が一切ありません。これは典型的な陰イオンで、組成に関してはかなり厄介な化学物質なのです。つまり、複合的アプローチだといえるでしょう。純粋な高分子電解質ではありませんが、多くの観点から、従来の液体電解質やゲル電解質よりも危険性がはるかに低いだけでなく、リチウムイオンのみを輸送します。これもまた、同僚のDominic Bresserとともに取り組んでいるもう1つの分野です。私たちは、ドイツが資金提供するプロジェクトで集中的に協力し、これらの課題に取り組んでいます。

PA:お話をうかがえて光栄でした!

SP:ありがとうございました!

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