ニッケルブログ

電池技術専門家パリーのバッテリー・インタビュー
第2回:Feng Lin助教授

2020年12月3日

Lin博士はバージニア工科大学化学学部の助教授です。今回のバッテリー・インタビューでは、博士の科学者としてのこれまでの研究や現在の正極(カソード)と触媒の研究についてお聞きしました。

写真:Feng Lin 助教授

Feng Lin博士は、コロラド鉱山大学で材料科学の博士号を取得し、大学院研究を行ったのは米国の国立再生可能エネルギー研究所でした。その後、the Lawrence Berkeley National Lab 博士研究員(ポスドク)を経て、QuantumScape社で技術職員のシニアメンバーとして活躍されました。

現在は、バージニア工科大学化学学部で助教授の職に就くとともに、同大学の材料科学工学部とMacromolecules Innovation Institute(高分子イノベーション研究所)でも教鞭をとられています。 研究活動の焦点は、充電池、スマートウィンドウ(※1)、化学物質と再生可能燃料の触媒を含む、電気化学エネルギーシステムです。

※1 スマートウィンドウ:一般的に液晶層に加える電圧を制御することで電気的に透明度を切り替えられるガラス製品のこと。

パリー・アデリ(以下、PA):博士の科学者としてのこれまでの研究内容についてお聞かせいただけますか?

Feng Lin博士(以下、FL):私の専門分野は、学部から博士課程に至るまでずっと材料科学でした。大学院生の時は、イオン(原子が正または負の電荷を持っている状態)のインターカレーション化学(※2)に基づき光学的特性を変えられる、建物向けの省エネ型スマートウィンドウに取り組んでいました。大学院での研究を終えた後、Berkeley National Labの博士研究員(ポスドク)になり、Marca Doeff博士の下でリチウムイオン電池の研究をするようになったのです。ニッケルは、10年以上にわたり私の研究の焦点になっています。博士研究員の後は、当時はまだスタートアップ企業だったQuantumScape(QS)社に入社しました。2016年にQSを退職し、バージニア工科大学で助教授の職に就きました。私の研究室では、電池技術のさまざまな側面、特にカソードの側に重点的に取り組んでいます。

※2 インターカレーション:層状構造などをもつ物質の隙間に他の物質を挿入すること。またそのような化学反応は可逆反応であり、元の基本構造を保持したままイオンや分子が電子を授受しながら入り込む現象

PA:カソードに関して、どのような課題に取り組まれているのでしょう?

写真:Feng Lin 助教授と同教授の研究チーム

FL:私たちは、今も従来型の層状酸化物カソードを研究している国内の下位研究グループのひとつに過ぎません。こういった従来型カソードの研究をしている著名な研究者は、非常に長い間この分野に携わり、多大な貢献をしてきた方ばかりです。私としては、従来型の層状カソードのエネルギー密度をさらに高める余地はまだまだあると見ています。

ひとつのアプローチとして挙げられるのが、高ニッケル含有カソードのような新材料を設計することです。私たちのアプローチでは、他とは異なり、容量使用率を考慮しています。この数年は、充電の均一性と結晶構造特性の改善に重点的に取り組んできました。現在のリチウムイオン電池は、電解質などとの副反応により、220 mAh/gを超える安定したカソード容量を提供できません。私たちは、最近、電極とその何千にも及ぶ粒子の研究を行いました。その結果、大半の粒子の充電が不完全だったことが判明したのです。かなりの割合の粒子は全く充電すらされていません。充電されていない容量を活用できたら容量使用率の向上が期待できます。これを実現するには、電極全体にわたって充電反応を均一にする必要が生じます。そのためには、セルのコンポーネントから考え直さなくてはなりません。その上、高ニッケル含有層状酸化物はほとんどが多結晶です。より小さな結晶粒が数多く含まれていますので、どうすれば、そのそれぞれに同じ充電パターンを確保できるでしょうか? それぞれの微粒子が均一に同じ割合で同時に充電や放電するように設計できれば、容量のより有効な活用が可能になります。

これが、高ニッケル含有で直面している課題の解決に向けた私たちの戦略です。ただし基本的な側面は、あらゆる電池電極材料に幅広く適用できます。

もうひとつ、興味深いプロジェクトとして挙げられるのが、高エネルギー照射など、極端な条件に耐え得る電池材料の設計でしょう。これは、例えば、宇宙空間探査、原子力産業など、実際に未来を見据えた研究となります。

それぞれの微粒子が同じ割合で同時に充電や放電するように設計できれば、容量のより有効な活用が可能になります。これが、高ニッケル含有カソードで直面している課題の解決に向けた私たちの戦略です

PA:博士が現在携わっている研究の他分野においても、ニッケルは極めて重要なのでしょうか?

FL:ニッケル含有カソード以外に、ニッケル触媒にも取り組んでいます。100年以上前、エジソンは、水酸化ニッケルをベースにした電池を発明しようと試みました。問題は、対電極に鉄が含まれており、鉄が電解質に溶解してしまうことでした。溶解した鉄は、原子スケールで、水酸化ニッケルの格子に含浸されます。鉄が水酸化ニッケルに含浸されると、活性化が生じ、水酸化ニッケルが酸素発生の優れた触媒となるのです。しかし、このタイプの電池システムでは、酸素発生は好ましくなく、クーロン効率(充放電効率)(※3)を低下させてしまいます。

とはいえ、酸素発生反応(OER)では高活性が求められるので、現在は、水酸化ニッケルベースの酸素発生触媒に取り組み、格子の中に鉄を含浸させています。この含浸は、セル内(in-situ)でまたはセル外の合成(ex-situ)にて行われています。最近、『Nature Catalysis』に発表した論文の中で、触媒の化学組成をin-situ操作する方法を説明しています。ニッケルを活用している研究は他にもあります。例えば、ナトリウムイオン電池です。

※3 クーロン効率:充電時に充電された充電容量に対する放電時の放電容量の比を百分率で表した値。

PA:博士は、多大な影響を及ぼしたニッケル含有カソードに関する論文数本を含む、100本を超える論文を発表されています。この研究を財政的に支援しているのは、どの団体なのでしょう?

FL:ニッケル関連の研究は、米国エネルギー省(DOE)と全米科学財団(NSF)から資金提供を受けています。DOEとのプロジェクトについては、コバルトを大幅に削減し、コバルトフリーのカソードに移行する方法を模索中です。リチウム・ニッケル酸化物正極材に関する論文は、DOEの取り組みの一貫でした。DOEから資金提供を受けているもうひとつのプロジェクトは、高分子固体電解質の研究です。ニッケルベースのカソードに有望な新しい高分子固体電解質を組み入れています。

NSFのプロジェクトでは、カソードの結晶構造特性に取り組んでいます。カソード材料の結晶構造特性については、最近になるまであまり注目されてきませんでした。5年前からこれに取り組んできた私たちは、亀裂の問題に気づいたのです。現在、結晶構造が変形する根本的なメカニズムを調べています。粒子内の転位と結晶粒界(※4)をどうすれば修正できるのか?最近、『Advance Materials』に発表した論文で、粒子内に生じる一定レベルの転位が初期充電を促進させるという発見に言及しました。NMC内の異なる結晶配向(粒子配向)(※5)は結晶粒界に違いをもたらします。結晶配向を特定の配向に操作することができれば、充電と放電を促進させられるはずです。これによって、内部応力(※6)の蓄積が軽減され、結晶構造の応力安定性を高められるかもしれません。最近、『Nature Communications』に発表した論文では、結晶配向がニッケルリッチ層状カソードの充電挙動と結晶構造特性をどのように支配しているのかについて特筆しています。

※4 結晶粒界:多結晶体において二つ以上の小さな結晶の間に存在する界面のこと。転位:結晶中に含まれる、線状の結晶欠陥のこと。
※5 配向:高分子固体を構成する単位組織(微結晶)が一定方向に配列すること。
※6 内部応力:外部から力が作用しなくても物体中に存在する応力。

バルク(内部)を好むドーパント(添加剤)がある一方で、表面に偏析されるドーパントもあります。こういった多次元のドーパント分布により、表面だけでなくバルクの安定化も図れます

PA:コバルトフリー、ニッケルリッチ層状酸化物の表面化学に関する見解を説明いただけますか?『Advanced Energy Materials』で最近報告されたもの(チタンとマグネシウム)以外のドーパント(添加される不純物)も試されたのでしょうか?

FL:私たちは分析試料を取り扱う上で、カソードの表面が非常に敏感であることに気づきました。反応メカニズムのひとつとして、リチウムは格子から出て、水・二酸化炭素と反応し、炭酸塩または重炭酸塩類を形成することができます。「炭酸塩が少なければ少ないほど材料は優れている」と主張する研究者には、特に注意を払っていただきたいと思います。カソードのドーパント(添加剤)についてですが、マグネシウムは粒子内で極めて均一に分布することができる一方で、チタンは表面に偏析される傾向が強いと言えます。チタンは格子内に酸素を非常にうまく閉じ込めることができるのです。チタンと酸素にはより強力な結合エネルギーがあるというのが基本的な原理です。タングステンも同様の働きをすると他のグループが発見しています。私たちは、他にも数多くのドーピング化学を開発してきたのですが、その多くは発表に至っていません。チタンの代わりにマンガンを使ってみたところ、酸素保持という意味においてそこまで強力ではありませんでした。バルク(内部)を好む一部のドーパントは、相転移(※7)の軽減を介して構造を安定させる可能性があります。一方、表面に偏析されるドーパントは、電解質との副反応に対して表面を保護することが可能です。

こういった多次元のドーパント分布により、表面だけでなくバルク(内部)の安定化も図れます。私たちが最近の論文に示した、マグネシウム/チタン共添加LiNiO2がその良い例です。

※7 相転移:一般には物質の三態の相互変化として理解されるが、同相の物質中の物性変化(結晶構造や密度、磁性など)や基底状態の変化に対しても用いられる。

PA:今後のカソード化学の方向性については、どのようにお考えでしょう?

© Umicore - https://rbm.umicore.com/en/stories/umicore-cathode-materials-a-key-element-in-rechargeable-li-ion-batteries/

FL:近い将来(10年)、商品化という観点から、焦点はまだ恐らくニッケルベースのカソードにあるでしょう。新たなカソード化学は基本的に興味深いものですが、例えば電圧プロファイルなど、問題と課題が明らかです。

ニッケル含有カソードに関しては、電気自動車用の電池でNMC811やこれ以上にニッケルを含有するNMCを安全で費用対効果の高い手法で大規模に適用できることを実証できれば、それは素晴らしいことです。安全性を良好なところまで持っていくことができれば、高ニッケル市場の拡大につながるでしょう。ただ、それには研究が、例えば電解質、アノード、各コンポーネント間のコミュニケーションなど、複数の側面において進展しなくてはなりません。今後は電池の他部門の進歩もカソード化学の未来を左右することになるでしょう。

PA:情報が満載で大変興味深い内容でした。インタビューにご協力いただき、本当にありがとうございました!

FL:こちらこそ、このような機会を設けていただき感謝しています。

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