ニッケルブログ

人工知能でニッケルの活躍促進が可能か

2020年9月23日

人工知能(AI)の活用が進むことで、合金開発プロセスのスピードアップにつながる可能性があります。

近年、人工知能(AI)の利用が進んでいますが、産業分野においても例外ではありません。その中で、合金開発にもAIを利用しようという研究が進んでいます。必要な性能を入力すれば、自動でどのような組成と製法で合金を作れば良いか、コンピューターが自動で答えてくれることを目指しています。

ニッケルは金属で利用されるものと、化合物で利用されるものがあります。ニッケル酸リチウムなどを利用する電池分野が、ニッケル化合物利用の代表です。一方、金属で用いられるニッケルはごく限られた例外を除き、合金として用いられています。例えば、ニッケル最大の用途であるステンレスはニッケルを鉄に混ぜた合金ですし、ジェットエンジンに不可欠な耐熱合金はニッケルにレニウム、ルテニウム等の成分を加えた合金です。より優れた合金が開発され新たな用途が広がれば、同時にニッケルの活躍も広がることになります。

合金の開発は、組成と組織を調整しながら、高い強度、高い耐熱性、高い耐食性などの優れた性質を持つ合金を作ることを目指します。例えば、金属の組織を電子顕微鏡で観察すると、小さい金属の結晶の集合体であることがわかりますが、この結晶のサイズを小さくすると強度が上がります。また、ステンレスに含ませるニッケルの量を増やせばより耐食性を高めることができます。こうした、何をすると合金の性質がどのよう変わるかという要素は、無数に存在します。これをどのように組み合わせるかが合金開発でした。しかし、これをやり遂げられるのは、世界でもトップクラスの限られた合金開発の匠のみでした。

合金の開発は、様々な特性を持つ物質間の最適なバランスを達成することがその難しさなのですが、一般に新しい合金を開発しようとすれば10年はかかると言われています。
AIはこの分野においても役立つ可能性があるのです。

その匠の一人である米国ノースウェスタン大学のオルソン博士は、どのような製法がどのような金属の構造を作り、それがどのような性能につながるかという関係性を、相関図に表すことを提唱しました。しかし、無数にある関係を表に描き出し、合金の開発につなげることは膨大な時間もかかりますし、高い能力も要求されます。こうした難しさがありますので、自動車は2年~3年程度の開発期間で世に出ますが、新しい合金の開発期間は10年を要します。

物質・材料研究機構(NIMS)の渡邊育夢主任研究員らが開発したAIを利用した合金開発支援ソフトウェアは、この開発期間を短縮し、匠の域に達していない開発者でも合金開発を匠のように行えるようにします。このソフトウェアは深層学習をするAIが論文の中から、合金の物性、合金製造の工程、合金の組織に関わる単語を読み出し、相互の関連性を結び付けた表を作成してくれます。具体的には、弾性率、強度、延性、疲労限度、溶接性、相安定性等の物性を入力しますと、その物性を出すための組織と、その組織をつくるための相関関係が描きだされます。現在のプログラムはElsevier社の論文データベースから新合金開発に使用するデータを読み出すことになっていますが、プログラム自体は他のデータからの読み出しにも拡大することも可能です。企業が蓄積している技術データからも相関図を作ることもできますし、ネット上のビッグデータを用いることもできます。現在、定性的な結びつきを描き出すことに留まりますが、将来的には定量的データも扱えるプログラムとし、より実装をしやすいものを目指していきます。

AIを利用した合金開発支援ソフトウェアの研究チーム(左から):
大西 健史 博士(トヨタ自動車)
門平 卓也 博士(NIMS)
Dr. Sujit Bidhar, Fermilab (NIMS 前研究員)
渡邊 育夢 博士(NIMS)

こうしたAIを用いたプログラムが普及すれば、経験の浅い技術者でも優れた合金が開発できるようになり、優れた技術者はこれまで以上に仕事が加速されるかもしれません。ニッケルは優れた合金になってこそ、その実力を発揮する金属です。例えば、ニッケル基耐熱合金の耐熱性を向上させることができれば、航空機や火力発電所の燃費が改善し、CO2の大幅削減が可能になります。しかし、ニッケル基耐熱合金に要求される性質は、耐熱性だけでなく、対酸化性、靭性等、多岐にわたります。どこかを強化すると、どこかが犠牲になるということが発生し、合金開発は苦労することになります。本ソフトウェアで複数の物性、組織、製造プロセスの相関関係を描くことで、バランスよく性能を向上させることが可能となります。

すでに、興味を持つ日本企業はありますし、公表はしていないが、この新手法を使っているのではないかと思われる開発チームも米国にあるようです。AIの利用によりより優れたニッケル合金が、より早く開発されるようになり、ニッケルの社会的価値がより高まることが期待されます。

■ 紹介したAI合金開発プログラムの論文
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14686996.2018.1500852

AIを使えば、優れたニッケル合金をより早く市場に投入できる可能性があります。耐熱性を向上させたニッケル基耐熱合金など、環境面で社会に貢献することもできます。


著者紹介:渡邊光太郎

一般社団法人ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所研究員。
三菱重工業、大手自動車メーカーなどを経て2014年から現職。
専門分野は航空産業、素材産業、ロシア製造業。

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