NiPERAの40年

2020年7月、NiPERA Inc. は40周年を迎えました。現在、金属業界ではNiPERAがニッケルに特化したヒトの健康と環境に関する研究において一流の科学機関であると認識されています。NiPERAは40年におよぶ研究業績を通して、ニッケルの生産・使用・廃棄に関連する健康と環境への潜在的影響について、科学的事実への認識を高めてきました。この40年間を通して、過去そして現在のNiPERA所属科学者の専門家チームは、ニッケルの毒性と安全な使用の双方に対する理解を深めるべく、多くの科学的な研究調査を創出し続けてきました。そしてそれらがヒトの健康と環境を保護する規制の根拠となってきたのです。


アドリアナ・オラー博士
エグゼクティブ・ディレクター(科学研究担当役員)
NiPERA Inc.

ニッケルが健康と環境に及ぼす潜在的な影響を理解するための科学的知識を得られたのは、NiPERA所属の過去そして現在の科学者らのおかげです。これによって、ニッケルの安全な生産・使用・廃棄が可能になります。科学的な研究調査の結果のおかげで、ニッケルの素晴らしい特性を、自信をもって、適切な用途に利用できるようになったのです。


NiPERAが設立された背景

独立したニッケル専門の研究機関を設立するという発想は、ニッケル製錬会社数社の医師と労働安全衛生管理者から生まれました。作業環境におけるニッケル物質へのばく露に関連した健康への影響をより良く理解し、作業者の業務をより安全にするために連携したいと考えたのです。当初、注目したのはヒトの健康と呼吸器系疾患でした。

ニッケル硫化物の製錬・加工作業におけるニッケルのエアロゾルへのばく露に伴う肺がんと鼻腔がんのリスク増加が初めて報告されたのは1958年にさかのぼります。当時、どのような化学形態のニッケルがどれくらいの濃度で関与しているのかについては、ほとんど分かっていませんでした。ニッケル生産者は、作業環境の労働安全衛生対策を実施するために健全な科学的根拠を得ることの重要性に気づきます。

これが1980年7月のNiPERA(ニッケル生産者環境研究協会)設立につながったのです。

将来を見据えた疫学調査

新設されたNiPERAの初仕事は科学的知見が不足している分野を特定し、この不足部分を埋めるための疫学調査に助成することでした。

1980年代、NiPERAは初期プロジェクトとして、ニッケル生産工場10ヶ所で約8万人の作業者を対象に実施された大規模な疫学調査に参加しています。さまざまな化学形態のニッケルへのばく露に伴う発がんリスクを理解するにあたり、科学的知識の不足を埋めることが目的でした。同調査には、米環境保護庁(EPA)、欧州共同体委員会、加エネルギー・鉱山・天然資源省、加保健福祉省、オンタリオ州労働省といった北米、欧州からの官公庁が参加しています。この調査を率いたのは著名な疫学者Sir Richard Dollでした。1990年に発表された調査結果によると、ニッケルメタルが肺がんや鼻腔がんのリスクに関連している証拠は認められなかったものの、ニッケルのその他の化学形態のいくつかについては、これを吸引することによって呼吸器系発がん作用につながる可能性があると結論づけています。同調査結果とこれに続いた更新版は、その後の労働衛生保護規則に健全な科学的根拠を提供することとなりました。


「10群の検査から達した主要な結論としては、ニッケルの二形態以上が肺がんと鼻腔がんの発生リスクを高めていると考えられる。ニッケル精錬工場の作業者に認められた呼吸器がんリスクの多くは、極めて高濃度のニッケル酸化物と硫化物の混合物にばく露されたことに起因すると考えられるが、ニッケル硫化物を伴わない、高濃度のニッケル酸化物へのばく露においても肺がんと鼻腔がんのリスク増に関連性が認められた。また、可溶性ニッケルへのばく露もこれらの発がんリスクを高めるとともに、より可溶性の低い形態のニッケルへのばく露に関連するリスクも高められる可能性がある。一方、ニッケルメタルの肺がん、鼻腔がんリスク増に対する関与を示す証拠はなく、ニッケルならびにその他一切のニッケル化合物に対する職業性暴露が、肺または鼻腔以外の体部位にがんを発生させる可能性を示唆する実質的証拠も得られなかった。」

出典:Sir Richard Doll. 1990年
『Report of the International Committee on Nickel Carcinogenesis』
(ニッケルの発がん作用に関する国際委員会報告書)


NiDIとNiPERAの合併

1990年代後半、NiPERAの任務は、ニッケルとニッケル化合物に関する規制的活動および環境毒性の影響に対するより包括的なアプローチを含むまでに拡大しました。

この間、世界のニッケル産業はニッケル関連団体の一本化を決定します。 1980年代から、ニッケル産業では個別に法人化された組織が存在してきました。 すなわちニッケル開発協会(NiDI)、NiPERA、そして欧州ニッケルグループ(ENiG)として知られる欧州の暫定組織が存在していたのです。振り返ってみると、これらの組織は個別に運営されてはいたものの、参加している会員企業の大半は明らかに共通していました。

NiDIがニッケルの市場開発にかかる責任を担う一方で、科学に基づくニッケルの「生産・販売ライセンス」という側面を取り扱っていたのがNiPERAでした。 NiPERAは規制リスク評価(すなわち、飲料用の水質基準など、安全なばく露値を割り出す科学)に重点を置いていたのです。 さらに、欧州ニッケルグループ(ENiG)は欧州内の課題に関するアドボカシー(政治的・経済的・社会的制度における決定に影響を与えるため活動・運動する)団体としての機能を果たしていました。 つまり、どの組織も、リスク管理の重大な側面(例えば、利用可能なベスト・プラクティス(結果を得るのに最善の技法)、費用対効果分析、ライフサイクル、製品管理などに関する規制分野)を取り扱っていなかったのです。

計画に数年を費やした後、この3組織は合併を果たします。 こうして、前身である3組織の活動に加えて、リスク管理などの公共政策・規制分野も取り扱うニッケル協会が誕生し、NiPERAはニッケル協会内の独立した科学部門となったのです。

過去40年間の主要な出来事

欧州REACH規則の到来

2000年代、ニッケル産業は、世界の規制当局による化学品の安全基準を向上させる動きに関連して、一連の課題に直面することになります。例えば、欧州連合の既存物質規則に基づき実施されたニッケルメタルとニッケル化合物数種に対する欧州包括的リスク評価に加えて、その他の規制的なプロジェクトもいくつかありました。その中でヒトの健康と環境の両面からリスク評価の草案を作成する上で、NiPERAは主要な役割を果たすことになります。目標はこういった規制設定の基礎となる健全な科学的根拠を確保することであり、NiPERAはそのために必要なデータの不足を埋めるという作業に挑みました。欧州の化学品管理規則がREACH(化学品の登録・評価・認可および制限)規則へ移行した際も、NiPERAはニッケル産業が欧州および世界中で科学に基づいたニッケルの「生産・販売ライセンス」を維持できるよう、ニッケル協会において主体的で不可欠な部門として再び活躍しました。

合金と混合物は似て非なるもの

NiPERAが初めて合金に関する討議に参加したのは2001年、伊IspraでEURL(欧州リファレンス研究所)ECVAM(欧州代替法バリデーションセンター)が主催した会議でした。この会合に出席していた産業界、学術界の代表者らは、リスク評価という観点から「合金は、様々な元素の単なる混合物とは違う、特別な性質を持つ物質である」いう見解で一致します。そこで、疑似体液内の金属イオン放出データを使用して合金のヒトの健康に関するリスク評価を洗練化する概念(いわゆる、バイオエルーション(生体溶出)のモデル)が検討されたのです。その後、金属業界は15年かけてこの新しい概念を欧州規制当局に討議してもらうまでに至り、さらに数年かけてようやくOECD(経済協力開発機構)に単純な人工胃液を使用した試験の実施要綱(プロトコル)を検討してもらうまでに至りました。この話にはまだ続きがあり、2020年にはCARACAL(REACH規則およびCLP規則の所管官庁会議による欧州委員会と加盟国所管官庁の最終協議)のバイオエルーション専門家グループ内において、分類と表示に対する金属イオン放出データの適用性が話し合われる予定で、NiPERAは引き続きこの取り組みを支援していきます。

がんへの作用機序

NiPERAはニッケルが細胞にどのように取り込まれ、細胞内に入った粒子がどのような影響を及ぼすのかを理解すべく、1980年代から継続的にin vivo(生体内)およびin vitro(生体外)研究に助成してきました。初期の研究で着目していたのは、Ni(ニッケル)、Fe(鉄)、Cu(銅)の様々な割合における、色々な複合酸化ニッケルの相対的発がん作用の可能性でした。また、腫瘍プロモーターとしての役割を含む、ニッケル物質による間接的な遺伝毒性における毒性と炎症の役割についても研究が進められました。最終的にはin vivo遺伝子発現とin vitro 3D肺モデルの研究にまで到達しています。ニッケルに関するバイオアベラビリティ会議と関連刊行物において、これらの要素を統合した枠組みが提供されており、各種ニッケル物質に関する、様々な発がん作用の潜在性と潜在能が説明されています。NiPERAが実施してきた研究は、ニッケルによるがん誘導の作用機序と閾値に対して確固たる基礎を提供し、これが職業性大気質基準の設定に影響を与えました。

用量反応評価とヒトに相当する濃度の算出

NiPERAは、かなり早い時期から作業環境でのエアロゾルと動物実験のエアロゾルが異なることを理解していました。NiPERAでは、化学組成(作業環境に存在する様々な種類の化学物質)を考慮に入れて、動物実験によるエアロゾル研究結果をヒトに相当する濃度に換算するモデルの開発を目指し、複数の研究を実施してきました。こうした努力が実り、動物とヒトを対象とした用量反応評価のデータを比較・結合させることが可能になったのです。この研究は、作業環境管理および環境大気質基準の策定に直接的な影響を及ぼしています。

水に対するバイオアベラビリティの適用

水生生物に対するニッケルの毒性は、pH値、硬度、溶存有機炭素といった淡水の化学成分による影響を受けます。こういった淡水に含まれる化学成分は地球上の淡水系の間でも非常に大きなばらつきがあるものです。従って、水系生態系に対するニッケルのリスク評価は現地や地域に特化した規模で実施するのが最適でしょう。NiPERAは、既存物質リスク評価の範囲内で、現地特化型のリスク評価を支援するバイオアベラビリティ・モデルを開発しています。これらのアプローチはその後、ニッケル物質に関し、欧州REACH規制の関連文書や2013年の水枠組み指令下におけるバイオアベラビリティ概念に基づく欧州の環境基準の確立にも採用されてきました。現在、これらのモデルは、同様の環境基準を設定するために豪州、米国、カナダでも活用されています。

土壌に対するバイオアベラビリティの適用

水と同様に、土壌生物に対するニッケルの毒性も、土壌のpH値、粘土含有量、有機物の量といった土壌の化学成分によって様々に異なります。NiPERAは、ニッケルのEUリスク評価の範囲内で、土壌の化学成分に基づく現地特化型の毒性評価を可能にするバイオアベラビリティ・モデルを開発しました。この概念は欧州REACH規則において採用された後、中国でも適用され、バイオアベラビリティに基づいた土壌の環境基準案につながっています。

底質毒性研究プロジェクト

2003年から2008年に進められたEUリスク評価プロセスにおいて、底質コンパートメント(区分)に関わるそれまでのニッケル毒性データに欠陥があったため、新たなデータとリスク評価アプローチが必要だとの科学的合意が形成されます。そこでNiPERAは包括的な研究プログラムを組織し、底質添加(底質に化学物質を添加することにより、底生生物がばく露した際に成長に及ぼす影響を測定する試験)について新アプローチを特定、信頼性の高い底質生態毒性データベースを作り出し、現地に特化したリスク評価を可能にするバイオアベラビリティ・モデルを開発しました。この研究成果はニッケル化合物の登録が成功裡に行われたことにつながっています。また、ニッケルの底質毒性アプローチは、他の金属のリスク評価にも採用されるようになり、NiPERAは世界中の規制当局や科学団体から招待され、同研究に関する講演をしてきました。

生態毒性技術審議会(ETAP)

生態毒性技術審議会(ETAP)は、1995年、金属産業が直面する分野横断的な課題に対応すべく、NiPERA、国際銅協会(ICA)、国際鉛亜鉛研究機構(ILZRO)によって設置されました。ETAPは、金属の生態毒性学、環境化学、環境運命予測モデル(化学物質の生産・輸入量と利用のパターンから予測される大気・水・土壌などの環境コンパートメントへの排出量を予測し、さらに分解・移送などを考慮して化学物質の環境濃度を計算すること)を専門とする学術界の国際的な科学者に産業界の科学者が問題提議する場を提供しています。ETAPにおける審議はさまざまな成果を挙げてきました。例えば、水、底質、土壌に関するバイオアベラビリティ・モデルの進歩、金属および難溶性化合物の適切な環境分類を判断するアプローチの開発、自然バックグラウンドと広汎な環境にある金属源に関する理解が広がったこと、熱帯、極地、深海生態系といった新領域に対する金属リスク評価の適用などです。現在、ETAPは、世界中の金属研究・生産9団体から助成を受けており、共通の環境課題に対する解決法を共同開発すべく、その機会を金属業界に提供し続けています。

ETAPは共通の環境課題に対する解決法を共同開発すべく
その機会を金属業界に提供しています

熱帯環境リスク評価研究プロジェクト

ニッケルの生産が、主に温帯気候に位置する従来の硫化鉱床から、熱帯地方に見られる酸化鉱床へと移行していく中、ニッケル生産者は熱帯生態系へのニッケルばく露に関する自らの環境リスク評価能力に不安を覚えるようになりました。2014年、NiPERAは熱帯リスク評価向けのツールを開発する研究プログラムに着手します。まずはこの領域の専門家を特定し、これに続いて海洋・淡水・底質生態系向けの熱帯生態毒性データベースを開発、熱帯地方に適したバイオアベラビリティのシナリオを作成しました。同プロジェクトの最も重要な結論としては、温帯生物と比較して、どの熱帯生物も、サンゴですら、ニッケルに対してより敏感な反応を示すことはないというものでした。これによって、熱帯と温帯の生態毒性データを極めて信頼性の高いデータベースとして蓄積できるようになりました。熱帯プロジェクトは豪州におけるバイオアベラビリティに基づくニッケルの水質基準ガイドラインの制定に寄与し、現在はニューカレドニアでも同様の目的に適用されています。

ニッケル科学の伝道

NiPERAは、この40年間にわたり、様々な研究テーマに関する数多くの会議に加え、査読を要する学会誌や刊行物、ファクトシート、白書を通じて、そのニッケル科学の研究調査結果を発信し続けてきました。 また、NiPERAの研究者たちも定期的に専門家として規制当局(OECD、CARACAL、欧州化学品庁、EPA)の会合に出席しています。

NiPERAの科学者達 - Adriana、Chris、Connie、Ellie、Emily、Kate、Mike、Sam、Tara(アルファベット順)
現ニッケル協会会長で、前NiPERAエグゼクティブ・ディレクターのHudson Bates博士と共に(写真中央)

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