ニッケルブログ

電池技術の攻防:コストvs性能

2020年6月10日

直近の3か月は未曽有の状況だったと言えるでしょう。しかしこの混迷のさなか、世界のGDPが大幅に下落する一方で、電気自動車(EV)と電池業界では依然活発な活動がなされていたのです。

先頃、Tesla社が中国で生産するモデル3にリン酸鉄リチウム(LFP)技術(中国の電池メーカーCATL社製)を使用し始める、と広く報道されました。Tesla社からの確認はまだ取れていないものの、ニッケル・マンガン・コバルト(NMC)ではなくLFPを採用するという決定は、純粋にコストという観点から納得がいきます。中国では、CATL製のLFP正極材用の活物質(CAM)の方がNMC 811材料よりも57%(kWh当たり)も安価なのです。電池では正極が群を抜いて高価な部品であることを考えると、活物質に要するコストのこの差は、電気自動車に搭載される電池の最終コストに大きな影響を及ぼす可能性があります。

LFPとNMC:コストvsエネルギー密度

ただ、LFPにはコストというプラス面がある一方で、エネルギー密度がMNC 811の65%~70%に過ぎない(パッケージング方式による)という重大なマイナス面があります。つまり、同じ走行距離を達成するにはEV電池 (LFP) の物理的なサイズを約30%大きくする必要があります。これは限られたスペースしかない自動車にとっては懸念材料です。LFP電池搭載のモデル3で、電池のサイズが現モデルと変わらなければ、(一回の充電で走る)走行距離がNCAの約66%に抑えられてしまうことになります。

Tesla社がLFPを採用する動機は、言うまでもなく、価格を抑えてより多くの人が電気自動車を購入できるようにすることに違いありません。また、中国の新EVへの補助金は価格が30万元以下の車に限定されています。つまり、支給対象となるには、モデル3の価格を2019年の価格から20%~25%引き下げなくてはならないのです。

さらに、中国で政府の補助金を受けるには、エネルギー密度が電池パックレベル(セルレベルではなく)で最低でも140 Wh/kgなくてはなりません。従来の電池パック設計でLFPを使用すると、この140 Wh/kgレベルにはなかなか到達できないため、スペースと重量を最適化するために設計の見直しが必要となります。

LFPには、コストというプラス面がある一方で、エネルギー密度がMNC 811の65%~70%に過ぎないという重大なマイナス面があります

セル・トゥ・パック技術

CATL社と競合企業のBYD社は、両社共に140 Wh/kg超えを実現し、大幅に効率性を高めた新しいLFPパック設計を発表しました。これが、セル・トゥ・パック(CTP)技術と呼ばれるものです。設計に違いはあるものの、両社とも、基本的にはセルパッキングとクーリングシステムの効率を高め、接続部分を減らし、電池管理システムを簡素化した、大型の角柱型のセルを使用しています。現在、中国国外のテスラ全車で採用されているパナソニック製のNCA円筒セルと比較して、この新CTP設計では接続部と回路の数が1/200も減ることから、電池がより安価になるのです。LFPとCTPを採用すれば、中国市場向け自動車の要件をすべてクリアすることになるでしょう。

大型の角柱型のセルを採用したパック設計は、中国国外でも開発が進んでいます。GM社とLG Chem社の協力関係の成果であるアルティウム電池が今年の秋に市場にお目見えし、2022年までにはGM社のすべての電気自動車に搭載される予定です。ちなみにGM社は、アルティウム電池にLFPを採用していません。代わりに、ニッケルを89%含有するLG Chem社の新NMCA技術(化学組成)を採用することになっています。完成する電池パックのエネルギー密度は200 Wh/kgを超えるとみられています。LFPよりも高価になることは間違いありませんが、GMでは、NMCAとアルティウム技術を採用することによってリチウムイオン電池での最長走行距離を達成できると同時に、パックのエネルギー密度(性能)が高いことから費用対効果の優れた製品になると考えています。

フォルクスワーゲン (VW) 社でも、モジュラー・エレクトリック・ドライブ・マトリックス(MEBプラットフォーム)と呼ばれるものの活用が開始されています。こちらも、CTPやアルティウムと同様に大きな角柱型のセルを採用し、高利用効率、低コスト設計を実現しています。

GM社は、リチウムイオン電池での最長走行距離を達成できると考えています

出典:© Volkswagen AG

電気自動車へのLFPの利用が増加している最大の理由はその低コスト性ですが、一体、その範囲はどの程度まで及ぶのでしょう?

選ばれる技術

LFP技術の人気が中国で高まるのは明らかですが、コストが一番の要素となるその他アジア諸国においても同様かもしれません。また、小型二輪車や三輪車も、コストが最重要と位置づけられる地域で販売数の目覚ましい成長が期待されており、これらの車種にもLFPの採用が見込まれます。

さらに、LFPはVW社を介して、配達用トラック用としてブラジルに、バス用として欧州にまで拡大しています。

しかしこれと同時に、高性能の大型車に対する需要も堅調に推移するでしょう。CATL社、SK Innovations社、LG Chem社などが、アジア、欧州、北米で電気自動車向けの高ニッケル含有電池を提供することになります。NMCA、NMC 811、その他の高ニッケル含有の化学組成が性能面から選ばれ、コバルトの含有率が下がり、こちらも、最も安価なニッケル含有リチウムイオン電池になり得るでしょう。

今後の展望

今後に向けて期待されるのは、低価格LFPと高性能(高ニッケル含有)NMCの二大技術です。ただ、BNEF、Roskill、その他のアナリストは、この二大技術の市場占有率について完全な合意に至っていません。将来的に電気自動車に使用されるLFP電池の割合は、2030年までに15%から40%と予測値に幅があります。

現時点では、コストvs 性能のバランスがどの程度のところで収まり、これがEV電池技術にどのように反映されるのかが不透明です。それでも、近い将来については、中国で生産される電気自動車新型モデルの76%をNMC/NCAが占めるのに対して、LFPは1/4にとどまると考えられます。

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