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ステンレス鋼について
ニッケル協会(Nickel Institute)東京事務所
顧問 工学博士 遅沢 浩一郎

1.ステンレス鋼とは
 
ステンレス鋼は、普通の鋼と比べて大気中で非常にさびにくく、また多くの環境で腐食しにくいことが特長である。日本工業規格の用語(JIS G 0203)によると、ステンレス鋼は「耐食性を向上させる目的で、クロム又はクロムとニッケルを含有させた合金鋼」で、「一般にはクロム含有量が約11%以上の鋼をステンレス鋼といい、主としてその組織によって、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系、オーステナイト・フェライト系および析出硬化系の五つに分類される。」すなわちステンレス鋼とは、鉄をベースとし、クロム約11%以上を含む鉄-クロム合金、さらにニッケルを含有する鉄-クロム-ニッケル合金が主体であり、さらに耐食性、機械的性質などを向上させるためにその他の元素を含むものがあり、JISには約80種が規定されている。金属組織による分類および代表的鋼種名を表1に示した。JISに規定されている鋼種のうち約半数がオーステナイト系ステンレス鋼に属する。

表1 ステンレス鋼の分類

主要成分元素 金属組織による分類 鋼種例(JIS)
鉄・クロム マルテンサイト系ステンレス鋼 SUS410
フェライト系ステンレス鋼 SUS430
鉄・クロム・ニッケル オーステナイト系ステンレス鋼 SUS304
オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼 SUS329J4L
析出硬化系ステンレス鋼
  マルテンサイト系
  オーステナイト系
  セミオーステナイト系
  オーステナイト・フェライト系
SUS630

SUS631

2.ステンレス鋼の誕生
2.1 ステンレス鋼の発明以前
 
ステンレス鋼の必須元素であるクロムは、1787年にフランスのヴォークランがシベリアの紅鉛鉱から初めて見付けた元素であり、かれはこの金属が酸に侵されにくいことも認めていた。その後1820年代に入って英国のファラデイらは刃物の研究のなかで鉄に対してニッケル、クロムその他の添加元素の影響を検討し、刃物用として1%クロム鋼、3%クロム 鋼を溶解したが、耐食性については触れていない。その後も英国のハドフィールドその他によってクロム鋼の研究はなされたが、クロム源として用いていたフェロクロム中の炭素含有量が高かったので、クロム量が多いほどクロム鋼中の炭素量は多く、硬くなった。またハドフィールドは50%硫酸によって耐食性を試験したため、クロム含有量が多いほど腐食減量が多いという結果になり、クロムの効果を見出せなかった。

 一方、ニッケルは隕石に含まれていたが、1751年にスウェーデンのクロンステッドが鉱石から製錬によって得ることに成功し、欧州では1820年代からその重要な用途として洋食器用の洋銀(銅-亜鉛-ニッケル)に添加されたが、さらに用途が広がり、後にステンレス鋼の重要な元素として多量に使用されるようになる。

 1895年になって、ドイツのゴールドシュミットの発明により炭素量の低いフェロクロムの工業的規模での製造が可能になり、1900年代に入ってからは炭素を含まない原料を用いて、クロム鋼およびクロム-ニッケル鋼について金属組織学的研究および機械的性質の研究がフランスのジレーによって系統的に行われた。さらにドイツのアーヘン工大のモナルツはクロム量の異なる鉄-クロム合金について、特に酸化性の酸である硝酸中の耐食性について詳細に研究し、クロム添加によって耐食性が著しく向上すること発見し、学位論文を提出した。

2.2 ステンレス鋼の発明
 上記の研究がベースになって、ドイツのクルップ社ではシュトラウス、マウウラーらがクロム-ニッケル鋼の研究のなかから耐食性の優れる鋼を発明し、同社は1912年にドイツ特許を出願した。その代表的成分は、20クロム-7ニッケル鋼で、後に18クロム-8ニッケル鋼となるオーステナイト・ステンレス鋼である。また英国のブラウン・ファース研究所のブリアリは1913年にさびない刃物として13クロム鋼を発明したが、これは最初のマルテンサイト系ステンレス鋼である。stainless steel(さび・しみのない鋼)という名前はブリアリによって与えられたものである。一方、1914年に米国のゼネラル・エレクトリック社のダンツイエンはタービン翼向けに低炭素の14-16クロム鋼を開発したが、これは今日のフェライト系ステンレス鋼の始まりである。
 
 クルップ社は、その後、酸における耐食性の改善や粒界腐食(結晶粒界が優先的に腐食される現象)の防止について研究し1936年頃までに今日の耐食用オーステナイト系ステンレス鋼の基礎を確立した。また1930年代にはスウェーデンにおいて、当時オーステナイト系ステンレス鋼の欠点であった粒界腐食を起こしにくいステンレス鋼としてオーステナイト・フェライトステンレス鋼が開発された。これは金属組織がオーステナイト相とフェライト相の2種類の相からなることから、2相ステンレス鋼とも呼ばれる。また析出硬化系ステンレス鋼は、強度の高いステンレス鋼として1940年代に米国のユー・エス・スチール社で初めて開発されたものである。

3.ステンレス鋼はなぜさびないか
 鉄は通常の大気中に放置すると短期間でさびるが、鉄にクロムを合金させると、腐食量は減少し、クロム量が11〜12%に達するとほとんど腐食減量がなくなり、正常な大気中ではさびは生じない。これは表面に不動態皮膜と呼ばれる薄い皮膜が生成され内部を保護するためである。ステンレス鋼の表面付近の断面構造を図1に模式的に示すが、不動態皮膜は金属地側はクロムの酸化物、表面側すなわち環境側は鉄とクロムの水酸化物からなる2層構造になっていると考えられており、その厚みは条件によって異なるが1〜2ナノメータ程度である。この皮膜は機械的に破壊されても空気中において自然に再生される、すなわち自己修復性がある。合金中のニッケルは不動態皮膜そのものには含まれていないが、不動態皮膜を生成させる上で有効な元素である。

 (大 気)
クロム・鉄水酸化物 
クロム酸化物
(金属地)

図1 ステンレス鋼の不動態皮膜(模式的)

 上記構造からも推定されるように、クロムを主体とする不動態皮膜は酸化性の環境で安定であり、ステンレス鋼は特に酸化性の環境で優れた耐食性を示す。ニッケルは、金属組織をオーステナイト相にすることによって機械的性質を向上させる以外に、化学的には還元性酸やアルカリ等に対するステンレス鋼の耐食性を改善する働きがある。したがって、クロムとニッケルを含むオーステナイト系ステンレス鋼は幅広い環境条件で実用できる優れた耐食材料である。 

4.ステンレス鋼の性質と用途
4.1 マルテンサイト系ステンレス鋼

 
マルテンサイト系ステンレス鋼は、硬さと強度を目的としたステンレス鋼で、大気中ではさびにくいが、耐食性は他の系統のステンレス鋼よりも一般に劣る。成分上は鉄-クロム系が主体であるが、ニッケルを少量含むものもある。JIS ではクロム量11.5〜18%、炭素量は最大1.1%のものが規定されている。SUS410 (13クロム,≦0.15炭素) が代表的鋼種である。高温のオーステナイト相の温度域から急冷することにより、常温ではマルテンサイトと呼ばれる組織となり硬さを増す。機械的性質は主にC含有量と熱処理条件によって決まる。SUS440系ステンレス鋼が最も硬く、SUS440C(18クロム-1炭素)はJIS鋼種のなかでは最高の硬さを有する。マルテンサイト系ステンレス鋼の典型的用途としては、刃物、機械部品、タービンブレードなどがあり、またC量が比較的低く成形性を向上させたSUS410Sは器物などに用いられる。

4.2 フェライト系ステンレス鋼

 
フェライト系ステンレス鋼は、熱処理により硬化しないので、焼なまし状態で供給される。成分上は鉄-クロム系が基本でありJIS鋼種はクロム量11〜32%、炭素量はマルテンサイト系より低く0.12%以下であり、耐食性を増すためにモリブデンを含んでいるものも多い。SUS430 (17クロム,≦0.12炭素) が最も一般的な鋼種である。マルテンサイト系に比べて強度、硬さはあまり期待できないが、加工性はマルテンサイト系より優れ、またモリブデンを含みクロム量を増した鋼種は耐食性に優れる。特に炭素・窒素量を低めたいわゆる高純度フェライト系ステンレス鋼は炭素・窒素量の低くない同系統の鋼種よりも強度は低いが、靭性、成形性、溶接性に優れる。フェライト系ステンレス鋼の用途は広く、家電機器、建築内装、厨房機器、自動車をはじめ多くの耐久消費財に適用される。特にクロム含有量20%以上でモリブデンを含む鋼種はさび発生に対しても強いので、海浜地区の屋根材として利用されている例もある。

4.3 オーステナイト系ステンレス鋼

 
オーステナイト系ステンレス鋼は、最も種類の多いステンレス鋼で、使用目的に対応した多くの鋼種が開発されている。熱処理によっては硬化しないが、成分によっては冷間加工することにより硬さ、強度が著しく増す。鉄-クロム-ニッケルをベースとし、JIS鋼種はクロム16〜26%、ニッケル4〜26%を含む。SUS304(18クロム-8ニッケル,≦0.08炭素)が最も汎用性のある鋼種であるが、使用目的に応じて、さらにモリブデン、銅、珪素その他の元素が添加される。一般に耐食性、加工性とも優れ、極低温まで靭性を有しており、また高温強度はフェライト系ステンレス鋼よりも高いなど、きわめて優れた性質を有するので、一般耐久消費財、建築内外装、鉄道車両、各種化学プラントその他きわめて広い範囲の用途がある。ステンレス鋼系統のなかでは種類、消費量とも最も多い。

 
なお、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させるためにクロム、モリブデンの含有量を高めた合金では、金属組織をオーステナイト相に保つためにニッケル含有量を増やす必要がある。ニッケル量が鉄より多くなると、もはや鋼ではなくニッケル合金に属する。ニッケル合金にはステンレス鋼に勝る耐食・耐熱合金として多くの種類があるが、ここでは詳細は省略する。(ニッケル協会文献参照)

4.4 オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼

 
オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は、金属組織上はオーステナイト相とフェライト相の2つの相から成るので、2相ステンレス鋼とも呼ばれる。成分により40〜70%のフェライト相を含んでいる。2相組織とするためにフェライト相生成元素であるクロムとオーステナイト相生成元素であるニッケルの量比(クロム/ニッケル)はオーステナイト系ステンレス鋼よりも大きくなっている。また多くの鋼種が窒素を0.1%以上含有する。フェライト系およびオーステナイト系ステンレス鋼と同様、熱処理によっては硬化しない。強度はオーステナイト系およびフェライト系ステンレス鋼より一般に高いが延性は低く、冷間成形はより困難である。クロムおよびモリブデン量の多い鋼種は優れた耐食性を有しており、化学プラントをはじめ、ケミカルタンカー、油井環境、受水槽などに利用される。

4.5 析出硬化系ステンレス鋼

 
析出硬化系ステンレス鋼は、マルテンサイト、オーステイト、またはオーステナイト・フェライト組織のステンレス鋼に析出硬化元素を添加したもので、硬化熱処理を施すことにより高い強度が得られる。マルテンサイト系ステンレス鋼と同様に強度を必要とする用途に適しているが、マルテンサイト系よりも一般に耐食性はよく、また硬化熱処理(時効熱処理)前に成形、溶接できるという特長を有する。時効熱処理によりSUS630(17クロム-4ニッケル-4銅-ニオブ)では銅富化相を、一方SUS631 (17クロム-7ニッケル-アルミニウム)ではニッケル・アルミニウムの金属間化合物を、それぞれ生成することにより硬化する。シャフト類、スチールベルト、積層板の押し板、スプリングなどに利用される。


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